!!


「ごめん、蔵馬……」

でも、蔵馬が悪いといつもなら謝りっぱなしの少女も
今回ばかりは少し恨めし気に無言で睨みつける。

蔵馬はその視線を鮮やかに交わしながら、まるで何も
なかったかのような爽やかな笑顔で脱出計画を告げた。

「蔵馬はコエンマ様に頼まれたんだね……」

意識を失った瞬間の恐怖、そして意識を取り戻した後に
何度も薬をうたれ、覚醒と昏睡を繰り返した時間。

それが一気に思い起こされ、静かに身体をふるわせた。
あの瞬間、コエンマに助けてほしいと何度も願った。

妖怪から襲われたことは何度もあったけれど
誘拐なんて初めてだ。しかも得体の知れない薬をうたれ
意識がぼやけたり、時には完全に昏睡状態に陥り
逃げ出すどころか、自分の意思では動くことすらままならなかった。

「今回は俺も怒りを覚える。
完全に俺たちは霊界側の都合に巻き込まれたんだ。
特に、は……あの男の都合のせいで
誘拐されて、薬漬けにされかけていた……」

先ほどまでの笑みが消え、悲痛な面持ちで蔵馬は
少女の震える手を、安心させるように握った。

「大丈夫。俺が必ずここから逃がすから……」

早くでようと手をひかれ、少女はよろける。

「まだ薬が残っているのか……」

蔵馬が少し考えたあと、ごめんと小さく呟いた。
少女が聞き返す間もなく、サッと抱き上げる。

「くくくっ蔵馬さん!?」

足の間に腕を通され、横抱きにされ少女は狼狽えたように叫ぶ。
重いからと暴れるも、その細い腕のどこにこんな力があるのか
ガッチリ掴まれ、多少暴れてもビクともしない。

「ここは3階か……地面まで少し遠いな」

「それなら……蔵馬、いつもみたいに薔薇のツルを伸ばせる?」

一度おろしてもらい、よろけながらそのツルに
霊力を流して強化すると告げると、少年は驚いた。

「そのためには私の身体にふれていないといけないから」

ツルの一部を腕に巻き付け、そこから霊力を流す。
いつもみたいに繊細ではなく大雑把にしか流せなかったが
ツルの強化だけなら今回はそれで充分だろう。

「普段のツルも頑丈だけど念のためにね……。
これなら、私達二人の体重でも大丈夫だと思う!!」

ほんと、重くてごめんと項垂れれば軽いよと少年は笑った。
少年は胴と腕にツルを巻き付け、重そうなベッドの足にくくりつけると
先ほどと同じように少女を横抱きにし、窓を開けた。

「誰かに見られる前に早く下りないといけない。
急ぐから舌をかまないように気を付けて」

スルスルとまるでラプンツェルの髪を渡るように
私達はツルにつかまりながら、重力に従って落ちていく。

地面の硬さを確認して、安堵の息をはく。
蔵馬は相変わらず横抱きを崩さないが
確かにふらつきのある身体では走るどころか
歩くのままならないため、今は身を任すしか出来ない。

「あ、窓とか締めればよかった!!」

走り出した蔵馬に思いついたように叫べば
クスリと笑われた。

「彼らも強引に君を奪ったんだ。
――なら俺たちも強引に奪い返す道理はあるさお姫様♪」

「ッ……で、でも私がいないことに気付いて追ってきたら?」

色んな悪い予感がよぎるが、どれも稀有だといわんばかりに
蔵馬は心配しないでと微笑んだ。

「君を奪われるようなミスはもうしないよ。
――俺は元盗賊さ。大事な宝は誰にも渡さない」

囁かれた言葉に、うるさいほど鼓動が高鳴る。
顔が赤いのもすでにばれて居るだろうが
それでも見られたくなくて、ささやかな抵抗として顔をふせた。

「あ、蔵馬!!アレもしかして……!?」

走り抜ける森の奥に人影が見えてきた。
その横に大きな……アレは霊柩車!?

「よくやったぞ蔵馬!!」

少しだけ息をきらした蔵馬が少女をおろして小さく笑む。

「ここまで手配して頂いたおかげです」

「コエンマ様!!」

1,2歩震えたがどうにか駆け出した足で抱きつけば
困ったような声で青年姿のコエンマが狼狽えた。

「ありがとうございます……もうっ帰れないかと」

小さく震える少女の頭を青年が優しくなでる。
見た目は若いが、やはり何百年も生きているだけあり
その笑みはまるで菩薩のように穏やかだった。

「怖かっただろう。さぁ、早く乗るんじゃ」

「はいっ」
涙を見られたくなくて、強引に涙をぬぐい乗り込む。

霊柩車に乗ったことはないけれど
中はいたって普通の乗用車と変わらなかった。

霊界に車があるのかと疑問に思ったので問えば
人間界で言うタクシーのように呼び出して使えるらしい。

「確かに逃げる手段考えてなかったです。
霊界から出るには来た時と同じように
コエンマ様を頼るしかないですよね」

逆に言えば、コエンマが救助にこなければ
どうにかあの屋敷から逃げ出せたとしても
一生霊界からは出られないことに気付いてゾッとした。

「私が誘拐されてから……どれくらい経っていますか?」

薬の影響でほとんど屋敷にいた時の記憶がないとつげれば
コエンマが苦い顔で怒りを押し殺すように拳を握りしめた。

このまま戻って殴りかかりにいきそうなほど殺気だっているので
慌てて少女も、今は平気だと告げれば自身を気遣う眼差しに気付いたのか
青年は静かに息をはき、握りしめた拳をゆっくりと解いて膝の上においた。

「本当に……今回は申し訳ない」

搾りだすような声、そして車内にもかかわらず
土下座しそうな勢いでコエンマは頭を下げた。 Page Top