「はぁあああ?が婚約だと!?」

の失踪事件から4日目の朝、問題のパーティー会場を主催していた
大貴族から届いた封書をあけたコエンマは悲鳴をあげた。

美しい字が先日のパーティー会場にて、婚約発表を行いますとつづっていた。

「そんなっ……なんでこんなことに!?」

コエンマの後ろから手紙を覗き込んだぼたんも悲鳴をあげる。

「しかもっそれ今日ですよ!?どうしてっ…」

コエンマは眉をよせた後、握りしめた右こぶしを机にたたきつけた。

「クソっ……やられた!!」

「こっ…コエンマ様!?それって……」

「最初から仕組まれていたんだ」

苦々しく呟いたコエンマは、しばらく手紙を睨みつけていたが
フッと息をつくと、怒りに震える声を抑えたまま
人間界の少年を呼ぶようにぼたんに言いつけた。

………
……

「本日はさんとの婚約発表にお越しくださり感謝致します」

ほらと、青年に促されるように前に出た少女は失踪で霊界を騒がせていた少女。
青年の言葉に続くように、黙ってゆっくりと報道陣に頭を下げる。

ハエのようにたかるフラッシュ、青年と少女に向けられた銃口のようなマイク。

「なぜ、ロメオ様は普通の人間と婚約を!?」

「いつから恋仲だったのですか!!」

矢継ぎ早に飛んでくる質問に、青年は人のいい笑顔で応対する。
隣の少女はうつむいたまま黙っていた。その姿にも報道陣は違和感を覚えたのか
少女にも質問をしようとすれば、さきほどまでにこやかに対応していた青年が
笑みを崩し、彼女は記憶喪失だと静かに告げた。

突然の告白に、報道陣だけじゃなく……その場で少女を連れ帰ろうと
密かに機会をうかがっていたコエンマとぼたんも唖然とする。

「先日のパーティーで僕は突然何者かに襲われました」

フラッシュが激しき瞬く。少女の肩を抱き寄せ悲しそうに目を伏せる青年。

「それは本当ですか!?――ロメオ様はお怪我はありませんか!?」

静かに、うなづいた青年は抱き寄せた少女を愛おし気に見つめた。

さんが助けてくれたので僕は無事です。
ただ彼女はその時に頭部を強く殴られてしまい
そのせいで記憶の一部を喪失しています。

傷は心霊医術により後も残らずに完治しましたが
まだ心のケアが充分ではありません。

命を救われただけじゃなく、大切なお嬢さんを傷物にしてしまった。
僕も男です。――その責任はとらせて頂きます」

ロメオの言葉にざわめきがあがる。

「そっ…それではお二人は恋愛関係ではないということでしょうか!?」

「そうですよ!!ロメオ様が責任を感じる必要はありません!!
この娘は人間界の者でしょう!!でしたら人間界に任せれば……」

報道陣の言葉に青年は一瞬だけ表情を硬くしたが
すぐに悩まし気に眉をよせ、片手をあげて報道陣を静止した。

「僕は……確かに最初は責任感しかありませんでした。
けれど彼女と接するうちに、お恥ずかしながら僕は彼女に恋をしました」

少女に向き直ると、青年はその小さな手を大切そうに両手で包み込む。

「何年、何十年かかってもいい。彼女が僕を好きになってくれなくてもかまわない。
ただ……命を守ってくれた彼女を今度は僕が守りたいのです」

最大の見出しとばかりに一番まぶしくフラッシュが瞬いた。
会場からも歓声があがる。悔しそうに歯ぎしりするコエンマと
困惑するぼたんをのぞいて。

その翌日、霊界にきた少年は例の婚約発表の映像をながめ
静かに息をはいた。

「コエンマ様、これだけでは俺の口からは何とも言えません。
ただ、見ている限りでは思考を鈍らせる……もしくは相手の言いなりとなる
なんらかの薬物や幻覚剤を使用されている可能性が高いと思います」

蔵馬の言葉に、コエンマも頭を抱えた。

「やはりか……あの会場での#name2#は誰が見ても様子がおかしかった。
しかし、それを記憶喪失だと言えば誰も追及できまい」

コエンマとぼたんではあの数の報道陣をよけて
少女を奪還することは不可能だった。

もちろん、何も手をうっていないはずもなく……すでにコエンマが持つ
霊界の最高権限を用いて、彼女を早急に人間界側に返すよう請求済みだ。
しかしその請求は一日経ったくらいでとおるはずもない。

ロメオは地位も、人柄も、なによりルックスも優れている。
万が一にも恋仲に発展し、子でも儲ければ途端に人間界側に彼女を連れていくことは厳しくなる。
だからこそ、コエンマは誰よりも焦りと責任を感じていた。

霊界の法によりよほどの理由がない限りは、母子を引き離すことはできない。
それを告げると、考え込んでいた蔵馬が口を開いた。

「コエンマ様もお気づきだと思いますが、この婚約自体が仕組まれていたんでしょう。
婚約発表までの段取りがあまりにもよすぎて不自然です。

最初からを狙った犯行なのは間違いない。ただ俺は霊界の事情にはさほど詳しくありません。
彼女が狙われたことに関して、コエンマ様は何か思い当たることなどありますか?」

蔵馬の言葉に、そうだなと唸るように思いつく限りの原因をコエンマはひねり出した。

「人間界側から特定の人間を連れてきてほしいと言った要望はこれまでも多かったのじゃ。
それに、ワシの父が貴族制度などを作ってからと言うもの権力を振りかざし
強引に人間界側の若い娘を攫って娶ろうとする者も少なからず存在した」

黙ってコエンマの言葉を蔵馬は聞きながらうなずく。

「でっでも、それはコエンマ様がきびしく取り締まったおかげで
もうほとんどなくなったんじゃ!?――それに前から霊界側からちゃんに
目を付けていたならきっとコエンマ様も気づくはずだよ!!」

ぼたんが泣きそうな顔でコエンマに詰め寄る。

「そうじゃ。現在、人間界側に干渉できるのはワシと
ワシの父であり、霊界の長の閻魔大王だけじゃ」

しかしどこの世界にも知恵が回るやつは存在する。
だからこそ、これだけ警戒していたのにハメられてしまったとコエンマは嘆いた。

黙って聞いていた蔵馬が、静かに手を挙げて声を発した。

「霊界側にはグリーンカード……永住権と呼ばれる物は存在していますか?」

「永住権?霊界側にいる分には「逆です」……まさか」

「霊界側から人間界へと移住……そして、永住できる権利などは存在しますか?」

蔵馬の言いたいことを呑み込めたコエンマは真っ青な顔でまさかと一言呟いた。 Page Top