「そういえば飛影って…時々いないよね」

台風の日やひどい風雨の時は割とツリーハウスで大人しくしているが
それ以外はまるで猫のように自由気ままな少年に疑問をぶつけた。
彼は何をしているかまでは言うつもりはないようだが
基本的に寝る時だけくると一言答えた。

まぁ、私としても彼が人間界で何をしようが自由だと思うし
悪いことはしていないみたいなので徘徊を特に咎めることはしない。
ただ一つ困るのが、食事をどうするかだ。

現在、親に内緒で飼っているペットのように
何かと放っておけずに、なるべく三食用意はするようにしている。
しかし、数日いない時は放置されていて腐っていたりするので
そろそろ食料供給をどうするか話がしたいと思っていた。

「ご飯だけど…これからは1人で用意してもらえる?」

少年は少し驚いたあと、小さくうなずいた。

「用意させて悪かった」

もちろん飛影だって最初は食事まで世話になるつもりはと反抗していたが
まともに動ける状態ではなかったため、無理矢理用意して今までなし崩しで続いている。

「いや、いいよ。どうせ家の残り物とか缶詰やレトルトで作った
簡単なものばかりだったし…むしろ栄養とか全然考えてなかったから
育ちざかりの飛影にはなんだか申し訳ないかな」

育ちざかりという言葉に、飛影は少し吹き出した。
おかしいことを言ったかなと顔を赤くすれば
彼にお前より年上だと笑われた。

「あ…そっか。見た目普通だけど妖怪だった!!」

アレ、でも妖怪でも身体の健康を考えれば栄養は大事じゃ?
うーん。私自身も栄養的とは言えない食生活だから言えないけど
でも、なるべく最低限の栄養はとって欲しい。

ってそこまではお節介かな。

まぁ……栄養のことは置いておいて、どのくらい出来るのかは確認しておこう。

「飛影は自分で料理とかは出来る?」

こくりと少年はうなずく、どうやら魔界や人間界でも一人旅は多かったらしい。
最低限の調理スキルはあることを確認してホッとする。
いや、電子レンジしか使ったことがない男子とかまれに存在するからさ。
学校とかの家庭科だってホントに少ない調理実習しかないし……。

まぁ私だって毎日、母のご飯を食べている身だし
ほんとに簡単な焼いたり、炒めたりとかの調理しか出来ないけど。

「お金とかある?あるならスーパーとかで食材買って…最悪コンビニ弁当でもいいから」

お金、と呟いた後少し黙り込んだ彼にまさかと思ったが
案の定、そのまさかで奪ってもいいかと問われたので思い切り首を横にふった。

「そっそれはダメ!!あー、お金ないなら……まぁアルバイトとかは厳しいか」

飛影をみて流石にアルバイトには向かないだろうとため息をつく。

「分かった。私有地はのぞいて…山とか海で食材をとってくるのはどう?
それが厳しい時とかはレトルトや缶詰を置いておくからそれでしのいで」

記憶しようと、必死で聞いている姿はほんとに少年ぽくて母性本能をくすぐられたが
缶詰は分かるがレトルトはなんだと問われたので面食らった。

「そっ…そっか。魔界には恐らくレトルトないのかもね」

ツリーハウスに常備されているレトルト食品や食べ方などを一通りレクチャーしていく。
するとえらくその手軽さに気に入ったようだった。

「火はこっちにある携帯コンロでつくから。
水とかは保存水つかっていいよ。あ…なるべく期限が早いやつからね」

後はこれくらいかな……。

それじゃあ部屋に戻るねと帰ろうとすると、おいと止められた。

「れとると…も毎日用意するのか!?」

焦ったような彼に、薄く笑う。
なるほど……心配してくれているのかな。

「今までみたいに3食置きに毎日くることはもうないよ。
その代わり、時々レトルトや缶詰の補充にくるから。
それをいつでも好きな時に食べて。
その方がこっちも負担へるし……」

金はと聞かれたが、安いレトルトだから気にしないでと付け足した。

「あ…でも、もしさ……少しでも借りがあると思ってくれてるなら
いつか、なにかで助けてよ。――それで十分」

彼は最後まで納得できないような顔をしていたが
反抗する材料やメリットもないのか、黙っていた。
そんな彼を後に、ツリーハウスを降りて部屋にもどった。

数日後……運命の決戦……もとい、運命の日が訪れた。
そう、蔵馬との植物園鑑賞である。

なぜ約束したと数日前の自分を責めてみるも
でも、好奇心に勝てなかったんだとすぐ諦めた。

「蔵馬……ごめん、待たせた?」

植物園で集合だったので来てみれば、私よりも早く着いている彼。
長い足に白いパンツ。清潔感のある長袖のジャケットを着て
Vネックの胸元からは、女顔とは似合わず胸板がチラリとのぞきドギマギさせる。

「いいよ。俺もちょうど今きたとこだから」

本当かウソか分からないけど、そういうことにしておこう。
入場のチケットはもうすでに用意しているらしく
ありがとうと受け取る。――慌てて財布を出して自分の分を払おうとしたが
こういう時は男にカッコつけさせてと笑ったので
でも……とモゴモゴした後、俺が今日は誘ったからとまた念をおされ
真っ赤な顔で分かったとうなずいて受け取るしかなかった。

次なにかあった時は蔵馬の分も払おうと心に誓う。
もう一生こんなことないかも知れないことは置いといて。

「今日は薔薇がテーマの展示ブースがあるみたい」
パンフレットを手に二人でそこは行くしかないと笑った。

植物園の外は蒸し暑かったけど、中は意外と涼しかった。
恐らく私達の上まで木々が生い茂って、日陰になっているおかげだろう。
あと、都会の喧噪から離れて静かな植物の中に立っていると
マイナスイオンというか……なんだか凄く心地がよかった。

私よりもずっと長く生きている木にそっと触れる。
少しだけ乾いた表皮の手触りと、草のにおい。
木の葉1枚1枚が風に揺られる音。

「みんな…生きてる」

深呼吸して、少しでもこの新鮮でおいしい空気と交わろうと目をとじる。

不意にシャッターをきる音がしたので反射的に音のほうを振り向く。
あ、とスマホをかまえたままでフリーズしている蔵馬。

その意味を理解した時には真っ赤な顔でパクパク口をあけながら
声にならない悲鳴をあげた。

「ごっごめん!!良い風景だなと思ってつい!!」

慌てて弁解する蔵馬に、やっと声と口が追いついて恥ずかしいと叫ぶ。

「いやいや!!こっ…こういうのは美少女だからこそ絵になるというか…。
わっ私の写真なんかアレだよ!?森にかえるクマだからね!!」

「ブフッ…くっ…可愛いよ」

「うわあああ!!けっ消せ!!いや、消させる!!」

慌てて彼からスマホを奪おうとするも、彼の方が背が高いせいで全然届かない。
顔のところにちょうど胸板がくるので、取ろうと手を伸ばした時によろめいて
彼が片手で抱える形で抱き留められた。

胸板が意外と厚い。しかも片手だけで抱き留められたすごい。
……というか、なんだろう。男の汗のにおいがする。
いや、まぁ……そりゃそうだけど……。ハッ、まって……私いま汗臭くない!?

慌てて離れようとしたら、まるで子供を抱き起こすように
ゆっくりと体勢をおこされた。

「転ばなかったお詫びに…消さないから」

小声で爆弾発言をされたが、その時にされたウィンクで
もはやそんなことはどうでもよくなった。
というよりも、思考が……世界がとまったよね。
ザ・ワールドの使い手かなと真っ赤な顔で次のブースに向かう彼についていく。



「ここが薔薇の展示スペース…」

ついに目的だった展示室までやってきてあたりを見渡す。
蔵馬は近くの薔薇に手をやり、葉や茎を見たり観察を始めていた。

その横顔は真剣で、カップルできていた男女両方がため息をつくくらい
薔薇に劣らないほど美しいと思わされる。悔しいけど、男にしておくのが惜しいほど女顔の美形だ。

一方の自分は化粧気もない、ボーイッシュ気味な恰好で……そういえば初対面の時も
幽助に男の子に間違われたな。ーーまぁ声も低いし、子供の頃からよく間違われてきたから今更ではあるけど。

「どう?私からすれば綺麗っていう感想しか浮かばないけど」

薔薇は武器にしたことないしとつけくわえる。
蔵馬は確かに綺麗だと笑った。しかし、綺麗なだけではダメらしい。

「戦うためには……やっぱり人間界の植物では弱いな」

「あー、やっぱり魔界からきた蔵馬からすればそうなるんだね」

静かにうなずいて、少しだけ遠くを見つめながら呟いた。

「もう戻ることは出来ないだろうけど……ただ少しだけ魔界から植物の種を持ってきてはいる」

目を丸くする私に、蔵馬はいたずらっぽく微笑んでどこにあるかは秘密とウィンクした。

「いやっ……どこに植えたかとかじゃないでしょ!?
あっ…まぁ、突き詰めればそこも気にはなるけども……。
でっでも…まずそれは人間界で栽培して大丈夫なの!?」

生態系とか、ひっ人を襲ったりとかと小声でアタフタしだす少女に
蔵馬は一瞬目を丸くした後、すぐに噴きだした。

「ぷっくくっ……ほんと、は見てて飽きないな。
俺がそういうヘマするわけないだろ?」

私だけ聞こえるように囁いた声の色っぽさにクラッとしつつ
でも、と言葉を続けようとしたら唇に指をあてられ静止させられた。

「いつか……もし魔界の植物を使う機会があったら見せるさ」

魔界の植物。きっと地面を突き破るほどの太い根っことか奇声をあげる花とか
とんでもないものなんだろう。だって武器用として持ち込まれているんだから。

怖い植物に人が次々と襲われる絵を想像しながら青ざめる。
見たら最後、たちまち食われたりして死んでしまうかもしれない……ああ、でも……。

小さく唇の端が上がる。心臓がドキッとはねた。

「いつか…みてみたいかも」
こうしてまた好奇心に殺されるんだ、とどこか遠くで自分が警告していた。
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