まさかの居候
その日は台風が近づいているということで、高校も休みだった。
よっしゃーとガッツポーズをしたのもつかの間、長女の任務として
朝から母の趣味の園芸プランターなどを玄関に閉まったり
窓のシャッターを下ろしたりと台風対策に追われることになる。
父は普通に午前中は出勤だと項垂れて出社していったし
母は母で洗濯物を室内に移動させたり、私達のご飯の準備をしたり
台風をのぞいても忙しそうなので、文句いえない。
弟には、万が一の停電にそなえて家にある乾電池を集めておくように指示し
一通り台風対策をすんだ私は、万が一停電したら
スマホもテレビもつかえねぇじゃんとせめて娯楽として
お菓子は確保しておこうと本降りになるまえに一言家族に伝えて家をでた。
え、台風前なのに危なくないか?
大丈夫。今回の台風は割とゆっくりらしいし、台風前の
ギリギリの買い出しはうちの家では当たり前だ。
のほほんとしているというか、マイペースというか
ギリギリになってアレが必要だと気づいたりするんだよね。
しかも徒歩5分圏内にある一軒のスーパーは台風でもたいてい営業している。
根性で運営していると噂がたつレベル。
そのおかげで、私達のようなギリギリ買い出し民が
割と車や徒歩で折れかけた傘と格闘しながら来店していたのに笑った。
みんな進撃の巨人の、あのほら……面構えが違うみたいな
歴戦の武者みたいな覚悟と独特の疲労感を顔や全身にまとっている。
店の根性で営業している熱いスタイルとは違い
店員は死んだ目とやる気のなさそうにお釣りを返したのを
礼の述べてうけとり、いそいそと小銭入れにしまうと
私は買い物を終えて、家に向かった。
そういえば……私達と戦ったあのほら
飛影って人いたよな。――あの人幽助に倒されたあと結局どうなったんだ。
あっ、でもあの場にぼたんも居たから霊界にしょっ引かれた……?
だとしたら、もう二度と出てこないで欲しい。
だって、あんな人間を妖怪化するような騒動はもうごめんだ。
あの時はどうにか救えたからよかったけど、結局あれって
術者を倒さない限りは、心霊医術で第三の目を閉じ続けても限界がある。
それに1人だったからまだぼたんか私で対応できたけど
アレが何人もいたら、私達の手にはおえない。
ホント、解決してよか…ん?
いつも通っているはずの道に妙な違和感を感じて
一度通りすぎた後、再度また後ろ歩きでゆっくりと戻る。
「ん?――アレ、かんちが…いっ!!じゃないよね!?」
早足で近くのゴミ置き場に近づいて、声を荒げる。
「なんでぇ!?」
バカみたいな声が出たけど、マジでそれしかまず出てこなかった。
ゴミの上で雨に打たれて倒れ込んでる黒衣の少年。
そう、君のような勘の良いガキ……ならぬ皆はもう気づいてると思うけど
さっきまで頭に浮かんでた人物だよ!!ビックリしすぎて心臓とまるかと思ったよ!!
「飛影しゃっ…さん!!――なんでこんなとこで寝てるんですか!?」
ビックリしすぎて一瞬かみかけたけど、一応敵だったとは言え
ため口で話しかけるのもはばかれたので、敬語で問いかければ
ウザいとでも言うように、倒れたままで下から睨まれた。
え、コレって私が悪いの?
あ、倒れてるのを寝てるって嫌味いったのがまずかったの?
「お前はバカなのか?」
「ハハッ☆……よく言われる~」
水滴のついたタオルを顔に投げられたのでよける。
そう、結局この人をゴミ捨て場に放置もできず
家まで連れてきてしまった。
正確には家、というか……敷地にあるツリーハウスなんだけど。
子供の頃に作れなかった秘密基地を作りたいと
私の弟が生まれる直前に、急に少年心と大人の財力を発揮して
作った父と私の小さな隠れ家。
ちなみに、ツリーハウスと言っても木の部分もフェイク。
しかも夏はともかく、冬のために床暖房は入っている徹底ぶり。
最初は母もあまりいい顔をしていなかったが、一度アメリカのツリーハウス専門雑誌や
ツリーハウスだけを紹介する番組で紹介された後から許してくれるようになった。
ようはミーハーだ。意外と価値があることに後から気づいたパターン。
それで取り壊せとも言えなくなり、黙認するようになった。
私が小さかった頃はよくここで父と遊んだなぁ。
今でも弟や家族とケンカをしてはここに逃げたり、のんびりしたい時は
こちらで過ごすことも多い。
今回もまさか、ここが役に立つとはとジーンとしながら
怖いほど殺気を放つ彼に気づいて、ため息をついて説明する。
「流石に人としてあそこで倒れている人が居たら放置できないでしょう?
――本当ならね、アナタ警察に通報されているんですよ」
ウッと言葉につまったのか気まずそうに彼は視線をそらし
だが……と言葉を濁していたのでまた畳みかける。
「それで…どうして倒れていたんですか?
――というか、そもそも…こっちに居ていいんですか?」
じとーっと冷めたチベットギツネの目で見つめると、彼は逆ギレのように声を荒げる。
「俺だって、好きであんな場所にいたと思うか!?」
まぁ、何かあって倒れていたんだろうとは予想つくけどさ。
嫌味の一つや二つくらい言いたくなるでしょ?
「怒るのはとりあえず後にしてください。とりあえず説明を。
じゃないと私が霊界に怒られるし……それにアナタがもし」
キッとにらみつければ、少女から睨まれたことにビクッとした少年が
なんだとすぐ睨み返したので、視線をそらさず釘をさす。
「アナタがもし霊界から脱走したのだとすれば、私は対処しなければならない」
威嚇するように、身体の周りでバチッと一度霊気を跳ねさせれば
彼は脱走ではないと鼻をならして、バカにしたように笑った。
「はぁ……わかりっました。――それならしばらくこっち居て下さい。
あ、行くところとかあるなら別ですけど」
視線をそらし、疲れたような私に彼は抗議と驚愕の混じった声をあげる。
「なっ…貴様は妖怪の俺を自分の家に匿うのか!?」
「家じゃないです~。ツリーハウスです~。
自宅に泊めるわけないじゃないですか!!こっちは離れみたいなもんですよ。
あ、でも問題起こしたら容赦なく追い出しますけどね。
あっあと……服ぬいでください」
「なっ!?」
真っ赤な顔で、信じられないとばかりに目を丸くする少年に
何を考えているのか予想がついてこっちまで赤くなり慌てて否定する。
「ちっ違う!!――アッ…あなたの服ずぶ濡れだし……そっそれに」
「なっ…なんだ」
なぜかお互い微妙な距離をとり、真っ赤な顔で睨みあう。
「たっ倒れていたから…どこかケガでもしているのかなって」
気まずくて視線をそらし、モゴモゴすれば彼はポカンとした後
はぁとため息をついて、めんどくさそうに呟いた。
「お前…言い方があるだろ」
「う…それは悪かった……です」
気まずくて、下を向いていればホラよと黒衣が顔に飛んできた。
「ぷはっ!!――なっなげないでくださいよ」
とりあえず、服を置いて彼の上半身に傷がないか確認する。
近づいてジッとみると、白い肌に赤みがさす。
口調とかは威圧的だけど、中身は意外と年相応の少年ぽいなとなんだか
不思議な母性本能がくすぐられるような気持ちになり、こっちまで熱がこもりそうだった。
「よく見れば古い傷が多い……どんな生活してたんですか?
――でも、まぁ…最近ついたような大きな傷はなくてよかった」
ホッとして、上半身裸だと寒いかなと気遣ってまた新しく大判タオルを出し
ハイと手渡し、脱げられた黒衣を律儀に室内に干していく。
彼はずっと不思議なものを見つめるような、ポカンと呆気にとられた顔をしていた。
「なぜ俺にここまでする?」
お前にメリットがないと下から睨み付ける少年に
服をのばして干したまま、呟く。
「人間は……時々ね、メリットやデメリットを考えずに行動しちゃう人がいるんです。
そして私の家の方針で困っている人がいれば自分の出来る範囲で助けろというのがあるので」
パンと再度服をのばし、扇風機を服にあててセットし起動して座る。
彼はずっと分からないといった感じだったので、子供に言い聞かせるように
簡単に言葉にしていく。
「あなたにもきっと、メリットやデメリットとか関係ない
信念や行動することはないですか?――私のは困っている人を助けるのがそれです。
それに……メリットはないと言いますけど、ありますよ?」
「誰か…殺して欲しいやつでもいるのか?」
彼から飛び出した言葉に、面食らい……しかし次の瞬間に悲しくなった。
ああ、彼はそういうものが当たり前の生活だったのかと。
彼からしてみれば真剣だけど、私は小さく首を横にふり困ったように眉を下げる。
「メリットは私のエゴを守ったことです。あなたをもしあそこで放置して
私が何事もなかったように通りすぎていれば、きっと今日は寝れない。
いや、ずっとひどいことをしたんじゃと後悔するかも知れない。
それを回避できただけでも、私からすればメリットです」
彼は黙って何か考えるように、睨むのをやめて聞いていた。
言葉の意味を少しずつかみ砕いているような姿に
少しでも思いが伝わればと願いながら言葉をつむぐ。
「アナタがどういう理由で倒れていたのか、もう聞かないけど
でも……あの…自分の身体を大切にして欲しい。
私のことを憎くて、嫌いでもいいから…とりあえず回復するまで
ここで休んでいってください…お願いします」
小さく頭をさげれば、彼は少し居たたまれなさそうに世話になると呟いた。
あれから数日が過ぎた。
なんと彼は台風が過ぎても、ずっとツリーハウスで寝泊まりしているようだった。
私はそんな彼に学校から帰ったあとに3食分まとめてだが
食事を運んだりしていくうちに、少しずつ打ち解けていく。
というより、彼はきっとガードを緩めたらちょろいなと思ったのは内緒。
なんだろうな、口数は相変わらず少ないが時々礼を述べたり
行儀よくしているし、少しずつ氷が溶けていくように
次第に私と雑談もしてくれるようになった。
「なるほど、霊界からよく分からないけど恩赦をもらってこっちに来たんだ」
「ああ。――俺にも理由はよく分からん」
あの時倒れていたのは、幽助にやられた時の傷を治すのに妖力をほぼ使い果たしたことと
霊界からなかば強引にこっちに連れてこられたせいだそうだ。
熱っぽいだるい身体でふらふらと人間界に来てみれば、台風接近で大嵐。
そこに私が運良く通りがかって、今にいたるとのこと。
「いいよ、もう悪いことはしてないなら。
霊界から恩赦をもらったってことは、きっと償ったんだろうし。
でも、霊界は時々クソなのは分かる」
彼が目をぱちくりした後、ハハッと年相応に笑った。
「霊界探偵の補佐だろ?いいのか?」
「いいさ。事実だしね。――もし霊界が良いところだったらさ
人間界の妖怪を野放しにしないし、そもそもが普通の人間を
霊界探偵になんて仕立てあげることもないよ」
時々思うんだ、自分達は使い捨てなのかなっと笑えば
少年は少し黙ったあと、お前には借りがあるから一度なら守ってやらんでもないと呟いたので
ありがとうと小さく力なく微笑んだ。