あの長いようで意外と短かった幻海おばあちゃんのところでの
後継者選びもなんとか終えたあと、疲れた身体のまま翌日にはすぐ帰宅が許された。
入れ替わりでこれから修行をさせると幽助と交替で屋敷を後にする。

あのおばあちゃんの修行か……きっとキツいだろうな、頑張れと
どこか他人事のように心の中でエールを送っていると
どうやら私も週3回は数時間程度でいいから学校帰りに修行にこいと釘をさされた。

その時の私の引きつった顔は、今でも残っている。
当分、笑顔になれそうにない。

まぁ……幻海おばあちゃんのあの目を見れば言いたいことはわかる。
幻海おばあちゃんは私のように生まれつき霊能力があったり、特殊な人を
一通り自衛したり、日常生活を難なく遅れるレベルまでには鍛えてくれる。
しかし、一般人にたいしてはあくまでもそこまでだ。
幽助がもし一般人だったら修行なんてつけない。
でも、幽助は駆け出しとは言え霊界探偵。そしてあの過酷な後継者選びを勝ち残った身。

私だって自分から喜んでその補佐を引き受けた。
だから、この修行は当然であり幻海の最大級の優しさだって分かる。
鍛えるなら老婆は持てる知識や技をきっと惜しみなく教えてくれるはず。

強ければ、もしこの先どんな強敵に出会ったとしても生き残れるから。
言葉には出さないだろうけど、幽助だって修行をしていくうちに
この修行が自分を生かしてくれるということが分かるだろう。

そういえば、私が幼い頃に少しだけ霊能力の使い方を教えてくれた時も釘をさされたな。

「お前はなるべく普通の人として生きろ…」

言葉にだしてみて、ああ……本格的にもう後には引けないなって感覚になり
一瞬、ほんの少しだけ自嘲気味な笑みがもれた。

今になって、あの言葉は痛いほどわかるよ。

幻海おばあちゃんがどうして霊波動の使い手として……言うなれば武の道を
歩もうと決めたのかは私だって未だに分からないけれど。
でもきっとあの老婆にも、若い少女時代や蕾みが花開いたような
華々しい女性だった時期もあったはずだ。

それを捨てたとは私は簡単に言う気はない。だって武の道に生きた人生だって
彼女にとっては紛れもない青春だったはずだから。

でも、きっと少なからず後悔ではないけれど
平穏な日常を恋しくなったりしたんじゃないか。

力には責任がともなうことも分かる。そしてそれを後世まで継承し残していく大切さも。
また、この世に妖怪や人ならざる者が跋扈ばっこする限り、幻海のような力をもつ者は必ず必要となる。
でもだからこそ哀れに似たような複雑な気分になるんだ。

普通にしていれば、孫くらいまで居そうなお婆ちゃんなのに。
そんなおばあちゃんに幽助だけじゃなく、また私まで背負い込ませちゃったな。

口酸っぱくして私にここまでにしておけと言っていたのにね。
でも、いつだったか……おばあちゃんが言っていたように
力を持つということは、多くが数奇な運命の星の下に生まれ落ちるという言葉を思い出した。

まだ年端もいかぬ幼くて、妖怪に怯えていた私に哀れむでも、同情するでもない
淡々とアンタも損な人生で生まれてきたねって一言だけこぼしたのが印象に残っている。

私は未だにどこかグダグダと、どうして私がとかもっと普通の人生がよかったと悩むのも
老婆からすれば、しょうがないで片付きそうだから怖いような悲しいような。
そんな感覚にさせたのは誰だろう。元の性格?――彼女からすれば凡人の私には推し量ることもできないわ。

おばあちゃんは私が偶然とは言え、日本に戻ったこのタイミングで
すぐに霊界探偵の補佐になったことについては特に追求しなかった。
こっちだってわざわざ好奇心ですと言ったら殴られそうだから言う気もないけどさ。
ただ、修行しろということから察するにアンタもこれからは覚悟を決めなって意味なのは分かる。

「あ~、めんどくさいなぁ」

「何がですか?」

急に声を共に振ってきた影にビックリして飛び上がる。
相変わらず気配を殺して後ろに立たないで欲しいよ。
特にこういうボーッと考えごとをしている帰り道では!!

「蔵馬!!いつもながらビックリするんだけど」

愚痴るように、軽く睨みながらこぼせば人がよさそうな苦笑をうかべ
ごめんと小さく謝る美少年にしょうがないなと私も怒った顔を緩め肩をすくめた。

顔がいいのはホント、徳だよね。
口にはださず、心の中でゴチる。

「ねぇ、この前も帰り道で会ったけどさ……盟王学園から家まで
このルートなの?」

その割には、蔵馬に会うまで彼と一度もすれ違ったことないけど。
探るような私の言葉に、彼は本当なのかとぼけてるのか分からない声で
ここも家に帰るルートの一つだとこぼした。

「以前使ってたルートはどうして使わないの?
――わかった!!さては、私と被るように?」

イタズラでからかってみたら、バレましたと綺麗な笑顔で返されたので
真っ赤な顔で返答につまった。

「アハハッ。顔真っ赤だ」

「あー、あーえっと、熱いからだよきっと」
からかい返されたなと気づいてフイッと視線をそらせば
すぐに彼はごめんごめんと苦笑いで弁明した。

「いつも使ってたルートが今は工事中なんだ。
それに、こっちの道だって時々通ってたのは本当さ。
実はこっちの方が閑散としてるけど、家まで近いんだ」

「そうなんだ。ん?ならいつもこっちから帰ればいいのに」

早く帰れた方が徳じゃないかと問いかければ
それもあるけれどと少し間を置いて少し視線をそらした彼が小さくつぶやいた。

「ここはほら、お店とか近くにないだろう?
いつも帰りに時々母にお土産を買って病院に向かってたからさ」

それに高校から病院まで近いルートがいつも使っていて今は工事中のルートだと説明した。
良い子だ。早く帰ったほうが徳だとか引きこもり根性丸出しの私が恥ずかしくなり
また赤くなって小さく縮こまるしか出来なかった。隣には聖人。さながら私は堕落人。

「後は……には話してもいいか」

「なにを?」

話を聞いても引かないかと問われたので、どんな暴露だろうかと気になり
おっおうとうなずけば、いつも使っていたルートに花屋があったらしい。

「そこで武器になりそうな花を見たりするのも趣味でさ」

「……ん、待って!!――蔵馬も花を武器にできるの!?」

興奮して声を荒げれば、彼はキョトンとした顔でうなずいた。

「わわっ…私も花っていうか…草とかでも武器にしたりできるよ!!」

興奮した私の雰囲気が少し伝染したのか、蔵馬も少しだけ息を弾ませ本当かと
主に薔薇をムチのようにして武器にしていると説明した。

「バラの鞭!!それは痛そう!!チョイスがいいよ!!」

私達だけしか知らない話がどんどん盛り上がっていく。
どの草や花はいいとかヒートアップしていくにつれて
帰り道に小さな公園があったのでそちらによって少しだけ披露しあうことになった。

「流石に公園に薔薇はないよね」

「ジャンッ」

蔵馬がお茶目に笑ってどこからか真っ赤な一輪の薔薇を取り出した。
驚いて目を丸くし、色んな角度からどんなカラクリかと見てみたが全然分からずため息をつく。

「……蔵馬ってマジシャンもいけるよ」

「まぁ、元盗賊だからね。これくらいは出来るさ」

すごいなぁと目を輝かせて感心していれば、彼は少し照れた顔で
ふにゃっとした異性だけでなく同性すら見とれそうな極上の笑みで
本当に反応が可愛いなぁと囁いたので面食らった。

言葉の意味を理解した頃には顔中がゆでだこのように赤くなり
それを悟られないように背を背けるようにし恥ずかしさからカタカタ震える。

「ほっ…褒めてくれるのはうれしいけどっ……なっなんか恥ずかしいな」

蔵馬の顔は見えなかったけど、声だけ聞けばどこか彼も少し気恥ずかしそうだった。

「俺も急に悪かったよ。だから、こっち向いて」

怒っているのかと勘違いされたのかと思い、慌ててそうじゃないよと言うために振り返れば
かなり至近距離に蔵馬の美しい顔がどアップだったのでビクッとした。
いつも見上げるはずの顔が私とほとんど同じ目線にあるということは……
案の定、彼はまるで王子がお姫様に求婚するように片膝をついたままで
手に持っていた薔薇を、私の小さな手を片手でとった後に握らせた。

「お詫びにあげる」

あ、これはからかわれてるのかと思えば彼の表情はいたって真剣。
私の手をゆっくりと薔薇を握らせるように、自身の手ごと包み込むと
君は誰が見ても可愛いんだから自信をもってと笑った。

呼吸がとまって、まるで風もとまったような静けさで。
真っ赤な顔で、でもあまりにも衝撃すぎて蔵馬から目線をそらせずにいると
彼が先に立ち上がり、子供をあやすように私の頭を少し撫でた。

「俺は汚れてるからさ。はいつまでも純粋でいてね」

ハッと見上げた彼の表情が少し悲しそうな、何か遠くを見るような瞳だったので
コクコクと小さくうなづいて、もらった薔薇を痛まない程度に両手で握りしめた。

「あっありがとう」

「っふふ。――どういたしまして。
俺のムチはまた今度見せてあげるさ。
だから今日はよければの武器を見せてくれないか?」

ハッ。そうだった!!当初の予定それだったわと
熱を振り払うように、頭をふった後に慌てて公園内を見渡す。

「私は蔵馬みたいに、薔薇とか特にこだわりとかなくてさ。
なんだろう……あっこれとか!!」

足下にあった名前も分からない雑草の束を少し抜いて
そこに霊力を流し込んで、針や釘のように一本ずつ硬化してみせる。

「なるほど。そうやって霊力で硬化することにより
弱い草を武器として扱っているんだ」

「そう。そしてこれを吹けば」

呼気にも霊気をまとわせ吹けば、勢いよく近くの木に硬化した雑草が
まるで矢のようにビュンと飛び、突き刺さる。

「もちろん、霊力のコントロールや草の質にもよるけど
これくらいの武器化はたいてい出来るよ」

えへっとはにかめば、彼も感心してうなずいた。

「すごいな。俺は実は魔界の植物を扱うのが専門でさ。
人間界の植物の武器化はあまり得意じゃないんだ。
けど、なかなか魔界から植物を取り寄せられないからね。
だからせめて武器化に適したものを選んでいるんだよ」

それで花屋を見たりしていたのか。

「魔界の植物!?そっちの方がすごい。
そっか、魔界って勝手に草木も生えていないような
北斗の拳みたいな世紀末の世界ってイメージだったよ」

「植物は意外と強いからね。まぁ、こっちと違って
愛でる目的での植物は圧倒的に少なくて……
どちらかと言えば、野生で勝手に自生してる感じだよ」

なるほど。そう言われてみると砂漠でもサボテンとかあるし
極寒の地とかは分からないけど、世界中どこでも
それこそコンクリートを突き破ってでも雑草ははえてくるもんな。

「じゃあ、蔵馬はあっちで自生していた薔薇とかを武器にしてたの?」

「薔薇はなかなか自生してないよ。――俺はこっちと同じように
ある程度、武器にしてた植物は種から育ててたね。
種類を掛け合わせてみたり……色々とアレンジもきくし
自分でこだわって育てた植物は自生しているものよりも強くなるから」

こっちの蔵馬なら何となく男子だけど園芸とかやっていても違和感ない。
でも、あっちで生きていた時の蔵馬だって男だったはずで
イメージは割といかつめの男性がいそいそと花の手入れをしているところを想像するとかわいいな。

しかも、頭がよくてマメそうな蔵馬が育てた植物か。

「見てみたい気もするけど、とてつもなく恐ろしそう」

触っただけで皮膚とけたりとか、あのなんだっけ食虫植物みたいにバクッといかれそう。

「でも、前も思ったけどさ……は器用だ」

器用?彼を見上げると、宝を狙うハンターみたいなギラついた瞳だったのでビクッとする。

「俺が盗賊時代だったら、仲間に入れたいよ」

俺はそんな器用に霊力をあやつる技術は無いからと笑う彼に
いやいやと謙遜して首をふる。

「逆に、そこしかないよ!!霊力を扱うのが少し得意なだけで
霊力の量もそんなに多くはないからね」

だからこそムダにできねぇとごちれば、ふふっと彼は笑った。

「さて、お互い知りたいことは知れたし……そろそろ帰ろうか」

小さくうなずく。その後は普通に学校や最近の流行っているニュースなどを話して
家につく前の別れ道までいつものように歩き、別れた。

別れ際、面白かったからまたいっしょに帰れたら帰ろうという彼に
少し気恥ずかしい気もしつつ、でも色々と知りたい好奇心には勝てずうなずけば
そうだ、と付け足すように次よければ植物園に行かないかと誘われた。

もし興味あるなら、LINEしてと念を押されて別れる。
別れ道から徒歩5分。その間どうやって帰ったのか覚えてない。

帰ったあと、行く行かないにしても返事を返さないといけないと悟り
頭を抱えたのは言うまでも無い。

あんな美少年と豚が歩いていたら、彼に迷惑がかかると
行かないと返事をしようとした矢先に、彼からもし行くなら
魔界の植物の種を見せてあげるよと言う言葉にのせられ
好奇心に勝てなかったバカはこちらです。

バカか私はとベッドを転げ回っている姿を弟が冷ややかな目で見てそっとドアをしめた。 Page Top