最初の展開は桑原の時と同様、少林が一方的にやられている。
しかし、さっきの戦いでも分かったがコイツは何かをまだ隠しているし
こうやって攻撃をうけながら相手を分析するのをやめない。

それこそまるで欲しいと思ったものを全て奪いとる乱暴な童子が
おもちゃや菓子を見定めているようだ。

斬空烈風陣ざんくうれっぷうじん!!」

急に少林が飛び上がった。両手を目一杯広げて空気を切り裂く輪を作りながら浮いている。

「かまいたちの渦現象とでも言うべきかな?」

得意げな顔で空中でポーズをとっている少林に
お前イキッてるけど結構かっこ悪いよとツッコみたかった。

「空中に真空状態がおきるとな……人体に含まれた空気が
均衡を保とうとして皮膚をカマで切ったように裂くのじゃ」

あれだけ見てパッとそれだけ分析できる幻海に流石だなと感激する。
しかし、アレをまともにくらったら……それこそ幽助の体がズタズタに!?

「幽助、よけれるならよけてもいいから!!」

しかし、幽助はよけるどころか猪突猛進の一択。
嘘だろと青ざめながら、どうにか体がバラバラにならないように願うしかなかった。

猛進した幽助の命がけの突進が少林に激突する。

倒れたのは少林だった。そして……。

「幽助!!よかった!!」

立っているのは幽助だった。駆け寄ってケガを確かめる。
裂傷は何カ所かあったが、軽口もたたけて重症なケガはおっていないのにホッとした。

「師範、もう決着はついたよ。
一刻も早く桑原さんを治療しないと…」

なぜか全然幽助の勝利を宣言しない幻海に苛立ちつつも
桑原を治療しようと駆け寄ると、幽助だけ戻るようにうながされた。

「勝負はまだじゃぞ……」

「ちょっ…幻海おばあちゃん!!少林はもう倒してるよ」

抗議するように声をあげれば、静かに少林はなと否定された。

少林はって……あっ!!

「幽助…幻海師範の言う通りだよ。――早く戻った方がいい」

幽助は傷だらけのままキョトンとあどけない少年の顔で振り返った。
顔には疲れと何を言っているんだと言う呆れが残っている。

「はぁ?見て分かるだろ?俺の勝ちできまり…」

「相手が乱童ならば…ここからが始まりじゃろが!!」

まだ状況を飲み込めていない幽助に幻海が強く声を荒げた。
一瞬呆気にとられたが、すぐに彼と視線があったので私も念をおしてうなずく。

「幽助……今回の目的は乱童だよ。――倒した少林は準備運動にすぎない」

グッと唇をかみしめる。少林でぬか喜びしていた私が恥ずかしかった。
ぼたんはまだオロオロしながら幻海と私達を見つめ、しかし癒す手はとめない。
それを横目で確認して、小さく呼吸をととのえるように息をはく。

よし……桑原さんは今のところ命にかかわるほどのケガじゃない。
ならこのまま、ぼたんに任せていてもいいはずだ。

私が出来ることは限られてるけど……でも、もしも……。
頭によぎるのは最悪の結末。幽助が倒された場合。
私も多少の攻撃は使えるが、幻海師範レベルではない。
あくまでも基礎的なことの応用だったり、防御や補助メインの技を
どうにか攻撃に転用しているにすぎない。

それでも、もし万が一幽助が負けた場合……ううん。
もしも乱童が桑原さんのように幽助の命まで簡単に奪おうとしてきた場合は
試験だろうがなんだろうが、とにかく体をはって止める覚悟をもたなきゃ。

「何十年ぶりでしょうか……人間相手に乱童の姿で戦うのは…」

倒れていた少林から意味ありげな台詞と、凄まじい妖気が流れてくる。
久しぶりにこんな強い妖気にあてられ、初心者の幽助だけでなく
私まで思わず身体がこわばった。

地面が音をたて、さけるチーズのように裂け目ができて広がっていく。
そこからとうとう正体を現した乱童が立ち上がったかと思えば
一瞬で私達を圧倒した。――妖気もだが、明確な殺気。

大勢の人間の命を簡単に奪ってきた自負やそこに罪悪感のかけらすらもなく
むしろ童子(こども)がおもちゃを欲しいとねだる感覚で
命、そして技までを蹂躙しつくしてきたという絶対的自信が溢れていた。

真っ赤な髪は蔵馬を彷彿ほうふつとさせるが、彼のように燃えるような赤じゃない。
どこか人工的で作り物のような、生命の感じられない赤髪。
血が通っているのかすら疑わしいほど青白い肌に不気味な刺青が顔や体に施されている。

彼は不気味な笑みで幽助をみた後、すぐに私に視線を移した。
まるで幽助が倒れた後は私を襲うとでも宣言するかのような挑発的な視線に
グッと唇をかんで、睨みつける。そんな私を庇うようにボロボロになりながらも
幽助の背が私を乱童の視界から隠した。

幽助が初手でパンチをくりだす。
しかし、乱童は打たれたまま反撃もせず動こうともしない。

shit(くそっ)、幽助はもう霊力が残っていない……。

あのパンチは確かに人間ならば効いただろう。
けれど相手は妖怪。ただの物理攻撃が効くなら数々の霊能力もある武闘家が倒されはしない。

「今度はこっちから攻めさせてもらうぜ」

一気に妖気を練り上げたかと思えば……なんと妖気で糸を作り出した。
私の霊力の糸よりもずっと丈夫そうだ。

ぼたんも幽助も驚いていた。二人の言動だとどうやら私と同じ糸使いだと勘違いしているらしかった。

「ほぉ。そこのお嬢さんも糸が使えるのか……」

目がギラッと光った。まるで子供がおもちゃを見比べるような瞳。

「はっ…お前ほど強くはないけど多少はね」

補足するように、玄海が乱童の場合は体内で作り出すと説明した。
しかも今まで幽助よりは幼少期だが妖怪に出会って来た私でも
今まで糸を体内で生成する妖怪になんか出会った事は無い。

ってことは珍しいタイプ。こういう糸使いは私は例外だけど器用タイプが多い。
実際に糸や紐を用いた武術というのも世界には存在する。
糸は投げてよし、まきつけてよしと万能なだけでなく相手を殺すこともできる。

私の場合は指先、いわば霊力を生み出す供給源からそのまま糸を伸ばして使用するが
彼は体内で糸を作り上げた後、ぷつッと糸を切り離しそれを自由自在に形を変えながら使用している。
あっちの方がより高度なのは確かだ。悔しいけどね。

乱童は作り出した糸で幽助を一気にからめとった。
糸は太いたばになり、やがて一本の綿状に変わる。それが幽助をしめあげはじめた。

「楽に死ねると思うなよぉ」

不敵な笑みで挑発する乱童に幽助も抵抗する。
しかしどんなに力をこめても巻き付いた糸はビクともしない。

そりゃあそうだ。いくら霊界探偵とは言え、幽助の力なんて
人間で多少パワーがあるレベルに過ぎない。
いや、むしろ世界には力自慢は古今東西にいるだろう。
乱童が倒してきた武闘家たちだって、まだ身体の出来ていない中学生の幽助よりは
パワーがある大人がほとんどだったはずだ。

そんな力できれるなら乱童もここまで挑発できるわけがない。
締め上げる糸も不安だったが、じわじわと首にまきついた真綿をしめるように
ゆっくりといたぶろうとする乱童にイヤな予感しかしない。

案の定、乱童は糸がいかに丈夫なのかを実践するために
大きく振り回しはじめた。――幽助をまきとったまま、さながらメリーゴーランドのように
ぐるぐると回る。その間も幽助は必死に抵抗を続けていた。

ぼたんが小さく悲鳴をあげる。私も息をハッとのんだ次の瞬間
顔から幽助が地面に叩きつけられた。しかも一度ではない。
何度も、今度は背中から腹からと打ち付けていく。
その様子は本当に非現実的すぎて一瞬、これは現実なのかと面食らったが
すぐに幻海に止めてもらわなければと気づき、師範に視線を送る。
目だけで止めますよ?と問いかけたが、老婆は厳しい顔で首を横にふった。

それに誰にぶつけるわけでもない舌打ちがもれる。
私が止めに入れば幽助は助かるかも知れない。
乱童の力はまだ未知数だし、このまま人間界で野放しにしておくわけにはいかないけど
ここで逃げて少し時間を稼げば、蔵馬にも頼んでそして霊界からも何人か呼べば
ひょっとするとどうにか出来るかも知れない。

まぁ私が乱入すれば公私ともに厳しい幻海おばあちゃんのことだ。
問答無用で幽助を失格扱いにするだろうなぁ。

でも、もう黙って見過ごすわけにはいかない。
首をふった幻海に反抗するかのように、意を決して幽助に叫んだ。

「幽助!!失格になっても恨まないでね!!」

「なっ」

「どうしたんですかお嬢さ…あれは」

幽助と乱童が少女に視線を移して固まった。
ロングブーツのように、太ももから霊気がスニーカーまで覆っている。
それは極限まで薄く、本当にまとっているかのように輝いていた。
足と同様に光がゆっくり伸びてアームカバーのように腕から手まで伸びていく。

「ほぉ……これほど器用に霊気を使いこなす方は初めて見ました。
さしずめ、霊気で覆った鎧とでも言いましょうか」

勝手に推理を始めたが、それも正解なので答えにつまる。
しかし本当の目的は……防御よりも攻撃にある!!

指をあわせてポキポキならし、相手に脅しをかけるように
少女は思いっきり地面に拳を突き立てた。 Page Top