「準決勝は少林しょうりんと桑原じゃ!!」

幻海の声と同時に試合は始まった。

小柄でまだ少年のような風貌の少林と体格の大きい桑原。
まるで大人と子供のようだ。それに、失礼だが相手の少林も
そこまで強そうな感じがしない。

相手には悪いけど、桑原が圧勝しそうだと考えていると
ぼたんと幽助がヒソヒソ話しているのが気になり
こっそり気配を殺して近づいて耳を澄ました。

「残ったあの少林が、恐ろしい妖怪乱童らんどうだっていうの?」

「あんなひ弱そうなやつが?信じられないぜ」

らんどう?どういうこと?
相手は少林で……ん?そのらんどうって言う人を
もしかして対戦者の中から2人は捜している?

「ねぇ、そのらんどうって誰?」

2人を見上げてこっそり聞いてたことに申し訳なく
無邪気にたずねると、2人はおおげさに驚いた様子で飛び退いた。

「いっ…いつからそこに!?」

ちゃん…聞いてたのかい!?」

ぼたんの言葉にニッコリと子供らしい笑みを作りうなずいた。
2人は面倒くさそうな、戸惑うような表情でオロオロしている。

「ここまで隠したんだから、今更バレてもOKデショ?」

ね?と念を押すように微笑むと2人は腹をくくったのか
それとも私には隠し通せないと思ったのか語り出した。

説明を聞いて項垂れる。チョー大事な話じゃないか。
もっと早くに教えて欲しかったと呟いたが
ぼたんが幻海の補佐をやる私には
どうしても言えなかったと謝った。

「なんで私には言えなかったの?」

「だって乱童は師範の技を盗んできっと殺すつもり……あっ!?」

途中でしまったという顔をしたぼたんに私はポカリと口をあける。
あー、だから私がその話を知っていれば事前に玄海に話して
なんとしてでもこの試験を中止させると思ったのか。

いや……でもあのおばあちゃんは私が止めようが
空からヤリが降ろうがきっと試験は止めそうにないけどね。
なら私が秘密裏に試験中相手を選別し、どうにかするしかない。

「もし最初から知っていれば、対戦者の中から
乱童とかいう奴を探し出して先に…「殺すのかい?」…」

ぼたんの言葉に言葉が詰まったが、少し視線を外して分からないとだけ答えた。
乱童の話を聞いたところであのおばあちゃんなら負けそうにはないと思った。
――しかし、それは私の中の想像に過ぎない。なら最初から危険な芽は摘み取った方がいい。

それにもし、おばあちゃんを殺さないにしても
奥義を奪って殺そうと考えているやつは生かしておいたら危険だ。

「私に人殺しの勇気があるかと問われればノーだよ」

ゆっくりと、けれど淡々と呟いた。
視線をあわせるのは気まずくて、相変わらず視線はそらしたままだけど。
私は自分が殺すのも殺されるのもいやだ。
でもみすみす大切な人を傷つけそうなやつを近くにおいておけるほどお人好しじゃない。

桑原と少林を見やる。桑原はこちら側と考えてもよさそう。
乱童とやらの容姿は未だ不明らしいけど、幽助は桑原と面識がある。
なら……少林が怪しい。スッと瞳を細め、いつでも戦えるように準備を始めた。
ゆっくりと玄海にバレないように霊気を研ぎ澄ましていく。

「もしあの少林が乱童だとしたら……桑原くんの命が!!」

ぼたんの言葉に弾かれるように桑原に視線をうつす。
そうだ。奥義を会得するためには相手を倒し勝ち残る必要がある。
もし私が乱童ならば相手を生かして残しておくよりも、試合中の事故に見せかけて殺した方が
奥義を奪い、師範を殺して逃亡もしやすい。

知らせて対戦を放棄させるべきかと悩んでいるとすぐに幽助が駆け出した。
大声で揉めているが、言いくるめられ肩を落として戻ってくる。
上手くいかなかったみたいだね。――なら桑原さんが死なないようにこっちにも気を配らないと。

少林が乱童だった場合の警戒と桑原の命もどっちも怠ることはできなくて
ハラハラしながらとりあえず試合を見守るしかなかった。

試合が始まった。
開始早々に桑原のストレートパンチが少林の頬にクリーンヒットする。
体重差もあるためか、カンタンに少林の体が宙を舞った。

私も幽助たちも少し拍子抜けする。
ここまで残ったにしては弱くないかと思ったが
確かに攻撃力だけじゃなく、霊感も大事な試験ばかりだったしと
脳内でどうにかフォローしてあげた。

うん。桑原さんがケンカなれしてるから力量差があるように
見えるだけかもしれないしね。

「それならこっちも…」

少林がなにか構えだした。それは一見すると拳法のようにも
空手の型のようにも見えるだろう。
しかしよく見るとどんどん霊力がたまっているではないか。
手の平で火玉のような霊力が練り上げられた時、他のみんなも気付いて声をあげた。

火掌発破拳かしょうはっぱけん!!」

幻海がめずらしく声をあげていたので何事かと見やると
どうやらこの技を知っていそうなので眉をひそめた。

視線をすぐに少林と桑原に戻す。
少林の手から放たれた技は早い。けれど十分に目視はできるし
一般的にも部活などで動体視力がいい若者ならばどうにかよけれるレベルの速度だ。
ただ驚くのは肉体から火を練り上げるという技術力。
あれを単独で、しかもあの年齢の少林が編み出したとは考えにくい。

どこかで師事をうけていた……?

桑原は案の定、飛び出た火には面食らいつつもどうにか避けていた。
しかも二回目には霊剣で打ち返す始末。――我ながらなんて適応能力が高い人だろう。
彼は霊感も高いだけじゃなく、結構センスもいい。

「バッティングセンターの120キロよりおそいぜ」

お腹をおさえて呻く少林に桑原は余裕だった。

「よけずに攻撃を打ち返すなんて……防御と攻撃を一体にする闘技能力…すばらしい!!」

分析できる知恵があるのなら、少林もここまでの実力差ならば試合を棄権すればいいのに。
このままでは少林の勝率は0……ん?

何やら少林が唱えだした。ブツブツとコチラまでは聞こえないが念仏のような
しかし、それでいてどこか不吉さを覚えるその唱えにゾクッと背筋に寒気が走る。

「ッ桑原さん……よく分からないけど気をつけて!!」

「どうした?あいつがブツブツ独り言を言い出しただけだぜ?」

「そうさね!!急に怖い顔して」

2人はこの異様さに気付いていない!?
なんかこう空間がねじ曲げられるような違和感。少林の可愛らしい唇から
まるで呪詛でも吐き出されるかのような聞くだけで第六感がやばいと告げているこの不吉な唱えが。

も気付いたかい?――あの呪術…そして火掌発破拳もそうじゃ」

ゴクリと生唾をのみこむ。
幻海いわく、どちらも名のある呪詛師と武闘家がいたらしく……少林の出した技はどれも
その2人が自分の半生をかけて作り上げた秘技だと言う。

「じゃあ少林はその2人の弟子だったということ?」

でも違和感がある。いくら血の毛が多く、強くなりたいと願うにしても
呪術と武術は似て非なる強さだ。どちらの弟子になれたとしてもよほどの才能と年月そして努力じゃなければ
どちらの奥義も修得どころか、余計に中途半端な状態で終わりかけねないのに。

「アレは絶対師事を受けたようには見えないよ」

私の感だが、アレは習ったものという感じが薄い。
所々荒削りな部分、型や動きの乱れが見えるからだ。
もし習った術であればもっと完成度が高いはずに違いない。

「あやつが呪詛師や武闘家の弟子の可能性は低いじゃろう。
なぜならその2人はとっくに妖怪に殺された挙げ句、秘技である奥義の体得書を奪われておる」

違和感には十分すぎる決定打だった。
他の2人もハッと顔を見合わせた。アレは……。

「少林じゃない」

噛みしめた奥歯がギリッと音を立てた。
いつのまにか抑えていた霊気が殺気と漏れていたのか
幻海に気をつけろと釘をさされた。

しかし、このまま食い下がるわけにはいかない。
いつもはヘタレでもいいけどさ……今回は桑原さんが……!?

いっ、いない!?

さっきまであそこに……まさかこの数秒でやられて……。
いや、違う!!少林が手にもっているの……アレは!!

「桑原さん!!」

まるで小枝を折るように、カンタンに手の平サイズになった桑原の腕を少林が潰した。
ヒッと息をのむぼたんと私。幽助が試合を中止するように幻海に促す。
幻海はすぐに試合の勝者をつげ、終了させた。

しかし少林は一向に手を離さない。それどころか桑原の体を手の平でグッと締め上げ始めた。
小枝を折るような音が聞こえる。恐らく骨が何本か折れている音。

「早くはなしっ…幽助!!」

駆け出そうとした私を制止して幽助が先に少林に駆け寄った。
少林はそれを焦ることなく、ニンマリと不気味な笑みを返すと同時に
手の平サイズの桑原を思い切り放り投げ、またブツブツ唱えた。

小さかった桑原が元のサイズに戻り、草むらに投げ出されている。
私とぼたん、そして幽助は少林に背を向け慌てて近づくと
かなりの重症のようだったが、命には別状はなさそうだった。
しかし、曲がった腕とあの骨が立て続けに折れる音、何より試合が終わったにもかかわらず
いたぶり続けたアイツは許せない。

案の定、桑原と私よりも長い付き合いの幽助は怒り心頭しながら少林……いや、乱童に勝負を挑んだ。
こうして形だけではまだ少林と幽助の最終試合が行われる。

「ぼたんさん。心霊医術できますよね?――どうか桑原さんを…」

「あっ!!そうさね!!分かったよ。――ちゃんは幽助に何かあったらおねがいね!!」

ホントは私が心霊医術をしてあげたいけど、そうなると残されるのが幻海とぼたんだけになる。
もし万が一幽助に何かあった場合、幻海はともかく戦う術をもたないぼたんは危ない。
この試合が終わり、幽助が無事だったらすぐに私も治癒に協力しようと決心しつつ試合を見守った。 Page Top