1
「ちょっと――幽助!!危ないよ!!」
「そうだよ幽助!!私たちにつかまって」

「冗談じゃねぇ!!そんなかっこわりぃこと出来るかよ!!」

カッコイイとか悪いとかじゃなく……ボロボロだから仕方ないじゃん。
男のプライドってやつとかはよく分からないけど、全身ボロボロで
仙人みたいに杖つく幽助はもうすでにかっこ悪いと思うんだけどと
口には出さないが呆れて項垂うなだれるしかない私達。

「全く困ったも……ん?」

幽助の妖気計ようきけいが何か反応したので、思わず身構える私達。
ぼたんはどうしたんだいと状況が飲み込めずに聞いてきたので、手短に妖気計が反応したみたいと告げると
年上だけどとても可愛らしい仕草で私の後ろに慌てて隠れた。

守りたい、この子と和んだのもつかの間……妖気計がさした方角から誰か歩いてくる。
あの髪色と悲しげな瞳は確か……蔵馬とか呼ばれてた人だ。

その瞬間心臓がドキッと跳ねた。嬉しいのではない。むしろこの人とは会いたくなかったような複雑な気分になる。
と同時に単独でわざわざ向かってきてこんな往来おうらいでまさかドンパチ始めないよねとぞっとした。
しかし蔵馬はなぜか黙って何もせず通り過ぎた。

『警戒しなくてもいいよ。俺は戦う気も逃げる気もない』

脳内に入ってきたテレパシーに素でえっと呆けた声が出たので
それを横目でチラッと見た蔵馬は少しだけ表情を崩してクスッと笑い、続けた。

『頼みがあるんだ』

「…頼み?」

探るように聞き返した幽助に背を向けたままで悲しげに瞳を伏せた。

「3日だけ待ってくれ、3日たったら間違いなく暗黒鏡あんこくきょうは返す」

それだけ告げると雑踏ざっとうの中に消えていった。

………
……

その夜、アプリの無料通話をしながらどうするか相談する私達。
あの後ぼたんと解散し、私は幽助に少し心霊医術で手当をしてから別れて互いの家に向かった。
そしてあの時の蔵馬の話をどうするか相談するために今にいたる。

「私は罠だと思うけど…だって話ができすぎてるよ」

『え?』

「だって3日後って何があるのか調べたらちょうど満月の日だったんだよ?」

それに、帰りの途中でぼたんから聞いた話だとこの鏡は覗いた者の欲望を映し出し
その望みを叶えてくれるアイテムらしい。でも…それにしては少し引っかかる。

あの悲しげな瞳は私欲に溺れたような感じではなかった。
ただ波のない海のような……穏やかだけどどこか悲しくて静かな何かを覚悟したような瞳。

少し思い詰めたような憂いのある顔をイケメンがすると弱いんだよね私と
幽助に聞いてるのかよとツッコまれて慌ててスマホに意識をもどした。

「確か鏡って願い事の代わりに何か代償が必要だったんだよね?
――もしかすると、3日のうちにそれが何かを探しあてる気なのかも」

少し考えすぎのような気もするが、短気そうな剛鬼ともう一人の確か飛影ひえいとか言う妖怪よりも
彼はどこか落ち着いて慎重さがうかがえる。あの中ではブレーン(頭脳派)なのかもしれない。
だからこそより警戒が必要だ。もちろん、相手の能力がまだ未知数なのもあるけどね。

『でもそれならわざわざ俺らの前に姿を見せる必要はねぇワケだろ?』

「そっか、そうだよね。――だとするとやっぱり3日待ってくれと伝えるためだけに
わざわざ律儀にも私達の前に姿を出してもいいかと思うくらい舐められてるか」

もしくは、本当に待って欲しいと伝えるためだけに攻撃されるかも知れない覚悟をもって私達の前に姿を出したのか。
前者であって欲しいなぁ。後者だとわざわざ敵に待ってくれと頼む理由が分からないから怖いもん。
どうしよう。とんでもない自暴自棄を起こし世界の滅亡とか願って
皆で無理心中させられたりしたら……頭が良いやつってたいていサイコパスとか聞くしね。

『あいつは…そんなに悪いやつじゃねぇような気がするんだ』

通話先の幽助はまるで何かを悟ったような落ち着いた声だった。
その声色に冗談を言っているわけではなく、本心からそう思っているのが伝わる。

薄く唇を開いた。

「ふふっ。私もそうならと願うよ」

ほんとに、補佐をするのが幽助で良かったな。
不良だけれど彼は一定のポリシーもある。
ただの喧嘩好きなら、私は彼にここまでついていこうと思わなかっただろう。

だからこそ、私が全力でサポートしなくちゃ。

「でも、あの人の仲間に私達ボロボロにされたこと。
それは忘れちゃダメだよ?」

良い人だと思いたい、彼に良心があることを願うことは私も賛同する。
しかし同時に警戒は怠るべきではないことも分かる。
彼がまだ私達の敵と認識している以上、私達は油断できるほど残念ながら強くない。

『ああ……けどあいつら仲間われしてたよな』

「っそうだった!!――それも引っかかるんだよね。
特に蔵馬…あの人抜けたがってたみたいだし」

『ああ、あいつの目…ウソついてる感じじゃなかった』

あの静かな、けれど何か奥に決意を秘めたような瞳を思い出しゾクッとする。
なぜだろう。どうしてあの瞳は私の心を揺さぶるんだろう。
幽助のエネルギーに溢れた瞳の輝きとは違う。

彼の翡翠の瞳はまるで何かを悟って、諦めようとして……でも諦めることが出来ない熱を感じる。
私の心になんと言って良いか分からない火を灯して焚き付けるよう。

深追いしてはダメだと頭では分かっている。
だからこそ、深く息をすってその火を消そうと一気に息をはいた。

「蔵馬と彼の持つ暗黒鏡、私達はどちらも警戒しつつ様子を見てみるしかないね」

派手に何かアクションを起こせる立場ではない。
つねに相手が何かを起こしてからでしか今の私達霊界探偵のレベルでは動けない。

だからこそ、翌日彼に指定された場所へと不安を抱えながらも
幽助と集まることしかできなかった。

………
……

「ぼたんさんはコエンマ様に暗黒鏡のことを聞いてくるらしいから
私達は蔵馬の指定した場所に向かおうか」

指定した場所に幽助と向かえば、そこは病院だった。

「割と大きなHOSPITAL(病院)だね!!」

目の前に立つのは、大学病院のようだった。
診察のみ行う小さなかかり付け病院というよりも
患者が入院する病棟もありそうな規模の大きさ。

「あっ」

幽助の声に弾かれるように視線をおえば、彼が待っていた。
そして、ゆっくりと彼は制服姿のまま近づいてくる。

「っ蔵馬さん…!?」

私の少し驚きと不安が混じった声に、彼は子供を安心させるように
クスッと笑い、怯えないでと言わんばかりに瞳を細め眉を下げた。

「君が幽助と……君は……」
です」
「よろしく…――さっそくだけどついてきて」

私達は初めて来るが、彼は慣れているのか
黙々と病棟を進んで行く。

やがて、一つの病室の前で歩みをとめた。

「501号室…南野?」

私の言葉に小さく、頷いて彼は小さくノックと挨拶をした後中に入った。
私達もドキドキしながら後を続く。

室内はよくある病室といった感じ。
殺風景で、白を基調とした清潔感のある壁紙やベッド。
そのベッドに横たわるさちの薄そうな美人が私達に気付いて体勢を起こした。

「珍しいわね。お友達をつれてくるなんて」

最初に蔵馬、そして幽助、最後に私を見て彼女はニコッと笑みを浮かべた。
それに小さくどうもと照れながら頭を小さく下げると、また彼女は嬉しそうに笑みを浮かべる。

「ああっ、いいよ母さん。横になってて」

え、母さん……?
横に居た幽助も同じことを思っているのか面食らった顔をしている。

「今日はだいぶ体調がいいの」

蔵馬……のお母さんとおぼしき人物が何かするたびに
蔵馬は大げさなくらいに気遣っていることから
この人は相当重い病気なのではと不安になった。

蔵馬の年を考えても、まだまだ若そうなのに……。

そんな私達をよそに親子の会話は続いていく。
とくに先ほどまでのクールでミステリアスだった蔵馬が
めちゃくちゃ喋って仲よさそうにしているのは驚いた。

お母さん思いなんだなぁと和んだが、隣の幽助をチラッと見ると
少々マザコンとでも言わんばかりの呆れた顔をしていたので笑いそうになったのは秘密。

その後も私達は蔵馬のお母さんから『息子の友達』として質問を受け
それとなく質問に答えたりでやや気まずい思いをしつつも何とかその場をのりきった。

最初はガチガチに警戒していたものの、さきほどまでの蔵馬のマザコン。
もとい献身的な姿にすっかりほだされ、何してるんだろうと言う気持ちで
彼にまた案内されるままに屋上に続いていく。

本当にこの人、私達に何かするつもりなんだろうか。
幽助もすっかり飽きてもう帰りたい感じだったので苦笑する。
小さく、まだ警戒をしないとと囁けばそれに気付いてか蔵馬も少し呆れたように笑ったので
なんだか私だけ真面目で恥ずかしいと頬を赤くして俯いたら今度は2人に笑われた。
Page Top