剛鬼との戦い2
痛々しい少年の姿に背中の痛みも忘れて顔をしかめる。
ダメージが大きかったんだ。早く
餓鬼玉をもって帰らないと……。
って……アレ!?――餓鬼玉は!?
先ほどまで片手で持っていた餓鬼玉を思い出しキョロキョロ探すも
苛立ちを隠せない男の怒声が上から降ってきた。
「お前の探しもんはこれかぁ?」
「あっ…しまった!!」
幽助を助ける時に思わず手から離したんだ。くそっ……うかつだった。
男との距離はもう1メートルほどしか離れていない。
しかも抱きとめた幽助は気を失っている。
私の久しぶりとはいえ、かなり圧縮された霊丸や霊力を含んだ植物の攻撃も
男はたいしてダメージを受けていない様子から実力差は歴然だ。
このままじゃ殺られる!!
幽助をギュッと抱きしめて庇うように
睨みつける。
近くで見下ろされるとかなり巨大なことが分かる鬼男。
こんな男に少年は向かい合って行ったんだ……なのに私は何もできなかった。
「ごめんね幽助…霊界探偵補佐失格だよ」
死の恐怖で声が震えないように、聞いていないはずの幽助に
懺悔するようにこぼした。
「苦しんで死ねぇ!!」
男が蹴り上げようと足を後ろに引いた瞬間、庇うように幽助におおいかぶさる。
男の足が風をきりながら私達に向かって来るまさにその瞬間、聞き覚えのある声が響いた。
「誰かこっちにいるよ〜」
「チッ…人間が来やがった」
この高い声は……ぼたんねーね!?そう思ったのもつかの間、男は面倒くさそうに辺りを警戒しだした。
その間も周りでぼたんとおぼしき声は聞こえ続ける。
「くそっ…後もう少しで
殺れたのに………。
おいガキども、これに懲りたら人間の
分際で俺たちに近づくのはやめることだ。
せいぜい自分達の命の心配でもしてなぁ!!」
そう言うと男は逃げるように去ってしまった。思わず緊張の糸がきれてへたりこむ。
しかし腕の中のぐったりした幽助に気づいて、自分の背中の痛みを忘れて慌てて手のひらに霊力を込めた。
大丈夫……息もしてるし骨が折れた様子もなさそう。
雨で視界がかすむ中、救急隊員のように寝かせた幽助の胸の前で
両手をあてて意識を集中させる。霊力は薄い膜のように、触れた部分から幽助の身体を覆い出した。
緊張と同時に出ていたアドレナリンが切れたのか背中が息をするたびにズキズキ痛む。
体中が筋肉痛のような痛みをあげていた。恐らく久しぶりに使いまくった霊力の反動だろう。
冷たい雨に打たれて私まで気絶しそうだった。
そんな中、ぼたんが慌てて駆け寄ってきたのに薄い笑みを浮かべて私はようやく心の底から安堵した。
………
……
チュンチュン。
鳥のさえずりで、私にしては久しぶりに目覚ましよりも早く起きた。
リビングで水を求めて部屋から出て来た私に家族はギョッとする。
もうすでに起きていた弟がきょとんとした可愛い顔からすぐに生意気そうな子供の顔で
今日は雪でも降るんじゃないかとニヤッと笑って見せた。
「たまにはこういう時もあるの〜」
こちらもお返しと言わんばかりにそばを通る時に弟の髪をグシャグシャにしたので
弟は真っ赤な顔で抗議の声をあげていたが笑って茶化した。
早起きは三文の得よーと両親も久しぶりに家族全員
食卓を囲んだことにニコニコしながら
私の分の朝食を差し出したので礼を言いながら受け取った。
焼きたてふわふわのトーストをリスのように頬張りながら、昨日の出来事を振り返る。
あの後ぼたんがやってきて、私達は餓鬼玉を取られたものの助かったことに安堵した。
私は一旦幽助をぼたんにあずけて家に帰り、がんばって痛む背中に霊力をあてて治療した。
しかし霊力がそんなに多くないので骨をなんとかくっつけた程度で疲労がマックスになり
そのままベッドに倒れ込むようにして朝を迎えた。
そんな昨日の出来事を思い出していると家族がいつものようにテレビをつけた。
行儀は悪いけど、朝御飯を食べながらニュースを見てその日の話題を知るのが日課となっている我が家。
『小学生を襲う不思議な事件が起きています』
ぼんやりと学校だるいなとか思いながらパンをもぐもぐしていると
テレビの向こうから淡々と、しかしどこか真剣な表情で訴えかけるアナウンサーにハッとした。
思い出すのは、昨日戦った赤い鬼の男。確か幽助に聞いた
剛鬼という妖怪だ。
食事中だった家族も、怖いだとか物騒だと思い思いの言葉を口にして画面を見つめる。
『同じ地区の小学生4人が原因不明の昏睡状態になり、病院に運ばれる事件があり…
警察では調査を急ぐ一方付近の住民に注意を呼びかけています』
「またなのか……物騒になったもんだな」
「そうね…。ちゃんと
柊くんも気をつけなさいね?」
心配性な母親の声に、呆れたように返事する弟と私。
「柊はともかく、私なんてもう高1だよ。大丈夫だって」
あいつ、子供の魂を好んで喰うんだし。あ、でも見た目で小学生ぽいから襲われたらどうしよう。
そんなことをぼんやり考えていると、隣でまぁ気をつけるよと呟く襲われた子供たちと同年代の弟に我に返った。
そうだ。この4人の魂って……早くしないと危ないんじゃ!?
幽助に声をかけるか迷ったが、大事な受験前に授業を休ませたらイケないと思い(よく考えると彼サボり魔だったけど)
連絡せずに、先にやることがあったと学校に急ぐふりをして早めに家を出た。
「とは言ったものの、どうやって剛鬼を探し出すか……」
怪しげな妖気もない。至って普通の町中で家から飛び出したものの
すぐに途方にくれる私。
あ、そうだ。髪の毛をピッと一本引き抜いて手の平におく。
それに霊力を込めて、反応する場所に向かうことにした。
運が良ければ餓鬼玉を使った時でも反応してくれれば。
方角さえ分かれば、後はこいつにのって空から探そう。
人気の少ないところに行き、昔パクった霊界アイテムである
四畳半袋(四畳半に収まるものなら何でも収納可能の袋)から
青いタヌキ型……ごほん、ネコ型ロボットの四次元ポケットのようにポンッと
ちょうど自分の身長とさほど変わらないサイズのスコップを取り出して腰掛けた。
これも同じくパクった霊界アイテムの一つだ。
ぼたんねーねーが移動する時によく使う
櫂に近い飛行移動が可能なアイテム。
もちろん霊力がないと飛べないので、普通の人からすると大きいスコップなんだけどね。
それで髪の毛がさす方角に向かうと、何やら女の甲高い叫び声が聞こえてきたので慌てて高度を下げて飛び降りた。
「幽助にぼたんさん!?」
まさか、私より先に来てたとは……しかも剛鬼にぼたんが追いかけられている絶体絶命のピンチだ。
なんでぼたんねーねーが戦いの場に出てきたんだと思いながら
シュルルと指先から霊力でつくった
霊糸を伸ばして剛鬼の動きを封じた。
両手の指先をグッと引き寄せ、力を込める。絡めた相手の重さや力が糸を通して私にも伝わりやすいため
相手の動きを封じることが出来るものの、私自身の両手も制限される……非常にハイリスクな技だ。
「なっなんだぁこれはぁ!?」
「ナイスだ!!」
叫んだ剛鬼の口にすかさず木の棒をつっかえさせながら幽助が安堵したように笑う。
「そのままこいつの動きを封じといてくれよ!!」
「えっ…わかった!!」
よく分からないが、さらに霊力を込めて糸を太くしグッと自分の身体にも霊力を流して力を増強させた。
剛鬼ごしに見た幽助の指には……何やら霊界アイテムのようなものがハマっている。
「身体の外側は鋼みてーに硬くても、口ん中はどうかなぁ!!」
そうか。その手があったか。これならもしかしたら……!?
幽助のやろうとしていることが伝わったので、私もホッとしながら攻撃を促した。
「今だよ幽助!!」
「ああ、くらえっ
霊丸!!」
グワッと霊丸の波動が剛鬼のすぐ後ろにいた私にも伝わる。
慌てて指先から糸を引っ込めて、自分を包む
繭の形にして防御の姿勢をとって巻きぞえを逃れた。
咥内にモロに直撃した霊丸のおかげで、大きな音とともに剛鬼はその巨体を地面に沈めた。
それにホッとする幽助とぼたん……と冷や汗ダラダラ、心臓バクバクの私。
「やった……」
「やったじゃないよ!!こっち巻きぞえくらいかけたけど!?」
ぼたんと一緒に駆け寄ると、いたずらっ子のように少年が少しだけ悪びれたような笑顔を見せた。
「わりぃ…でもなら昨日の立ち回りから見て
咄嗟にどうにか出来そうな気がしたんだよ!!」
むぅ、ずるいぞ
Boy。初対面は失礼だったくせに、こんな時に褒められると少し照れくさい。
しかし、それとこれとは別という話もあるからお姉さん心を鬼にしますね。
「でもね、一人だけで剛鬼に挑むのはダメだよ!!」
「え〜だっても俺に連絡くれなかったじゃねぇか!!――俺、高校生を気遣ったんだけど…」
「私だって受験控えた中学生気遣ったわ!!でも次からこんな危険な真似しないでよ?泣くよ!!泣いちゃうよ!?」
どっちが年下か分からないように駄々をこねる私に少年は呆れたように笑って頷いた。
「分かったよ!!俺よりアンタの方が強そうだしな」
ちょうど魂が帰って行くのと、さっき倒れた女の子が起き上がったのを確認してボロボロの幽助を引きずり帰宅することにした。