帰りの車内、ディーノさんが好きな曲だろうか?
英語ではない……おそらくイタリア語の曲が心地いい。

通り過ぎていく朝の並盛と、つい最近まで私も
そこにいたであろう日常を懐かしく眺めながら
ふと礼がまだだったと思い出し、慌てて頭を下げる。
いいよと彼は照れくさそうに笑った。

「俺もランボの様子が気になってたからな」

「かわいい寝顔でしたね。目を覚まして本当によかったです」

ランボ君が目を覚まさなかったら、私はおそらく一生自分を許せない。
あんな幼い子供を戦わせることに力づくでも反対しなかった自分に。

それに……考えなかったわけではないが。
チラッとディーノさんを見れば視線があった。
私が気づかぬうちによほど思いつめたような顔をしていたのだろう。
何か言いたいことがあるかと問われ、静かにうなづく。

「あっあの……こんなタイミングで不謹慎ふきんしんなことは分かってます。
でも、これはディーノさんにしか言えないんです」

沈黙が流れた。
私の言葉を聞いた彼は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが
すぐに話題を切るように強引に視線をそらし、フロントガラスに集中させた。

車内音楽とクーラーの風音、時折カーブや信号で感じる車体の揺れまで
なんでこんな話題をふったんだと責め立てるように感じる。
気まずすぎて、だんだんと助手席に縮こまっていく私。

次の信号で停止した際にチラッと視線があった。
いつのまにか、ものすごく縮こまって腕を抱えていた私に気づき
無言を貫いていた青年は慌てて叫んだ。

「すっすまん?――怒ったわけじゃなくて、その……
オレ……それについては考えないようにしてたんだ」

なんていうか現実逃避だなと恥ずかしそうに笑うディーノさんに
不謹慎なことを言ったから呆れたり怒っているのか不安だったので
少しだけホッとした。

「だからその話題がふられて、その……どう答えれば分からなかったんだ。
イタリア人だけど、オレはそんなに女の子に気のきいた言葉を
かけたりとかできないし……それに…」

「…それに?」

言っていいのか悩むような顔でチラッと青年はコチラをうかがったが
意を決して、少しだけ気まずいのか視線をそらしながら呟いた。

「変なこと言って、傷つけたらどうしようと思った」

私の全細胞がキュンとする。美青年の憂い顔と密室車内ドライブの
スチルを脳内にパシャパシャ連続撮影して収めつつも
一秒で妄想をおさえ、まじめな顔を作り小さくうなずく。

「気を使ってくださり、うれしいです。
でも、それは私も同じでした。変なこと言って
悲しい気持ちにさせてしまったり、場合によっては
不愉快だったり、怒らせてしまったらどうしようと」

「っ…そんなこと、に限ってあるわけないだろ?
――お前はオレが出会ってきた中でもトップに入るくらい
気ぃ使いだからな?」

垂れた眉のままで二カッと励まそうと笑ってくれる青年に
私もつられて少しだけ小さく笑って見せた。

「私も…このことは考えないようにしてました。
でも、でもね……九代目の件とか見ましたよね?
――あんなことが平気でできるような人たち…」

もちろん、マフィア全員があんな風に超絶極悪人とは
ハッキリと断言することはできない。けれど、少なくとも
私が、ツナたちが対峙たいじした連中はそういう人たちだ。

人の命をなんとも思わない。人を傷つけても平気。
そして何としてでもボンゴレ次期ボスの座を勝ち取ろうと
世界中で一番貪欲どんよくな存在。

歯切れの悪い私に合わせるかのように、車のスピードが
少しだけ落ちた気がする。ディーノさんは運転しつつも
先ほどより私に意識を集中させているみたいなので
恐らくホテルにつくまで話をじっくり聞こうと考えているんだろう。

「だっだからこそ考えてしまうんです。
もしも負けたらって……ほんとはこんなこと戦ってすらいない私が
簡単に口にしたり考えたりすること自体おこがましいことだって分かってます」

泣き出しそうになり、小さくなっていく言葉尻を遮るようにディーノは
急にブレーキに足をおき、車を急停止させた。
グンッと重力が後ろに引かれた後、すぐに前のめりになる。

「な…ディーノさ「そんなこと…」…え」

「そんなこと言うな?戦っていないとか……だって充分
ツナたちと同じように戦ってる?その考えだとオレやバジル、リボーンだって
戦ってないってことになるだろ?」

「そっそんな!?ディーノさんやバジルさん、リボーン君だって戦ってます?」

肩に大きな手が置かれた、少しだけすねたような顔をした青年だったが
すぐに子供を諭すような顔を作り、ゆっくり唇を開いた。

「みんな必死に戦っている。そこだけは何があっても忘れるんじゃないぞ?
そこに誰が一番だとか、誰が劣ってるとかないんだ。
――みんな……一人ひとりが自分の戦い方で向き合ってる」

「一人ひとり…自分の戦い方」

そうだ。確かに誰もが苦悩し、驚愕し、それぞれがそれぞれの痛みを感じながら
どうにか向き合って乗り越えようともがいている。勝とうともがいている。

なのに、私は表面しか見ていなかった。
実際に戦っていないからと、私はその戦いに参加していない部外者の存在
そんな風にどこか考えて、実際に体に傷は負ってないけれど
皆と同じように、心の中は傷だらけになってた癖して平気なフリをしていた。

でも、ディーノさんの怒った姿に驚いて……ディーノさんの言葉に気づかされた。
頬がカーッと赤くなる。照れたからでなく、ディーノさんを傷つけてしまった羞恥心と後悔からだ。
涙がじんわりと目に浮かんできたので、悟られないように視線を落とす。

「すみません。確かに私の言い方だとまるで仲間じゃないみたいに聞こえてしまいますよね。
そんなつもりで言ったんじゃなくて……ええと、私…うっ」

言葉にしようと考えを巡らせた瞬間、もう駄目だった。
透明でしょっぱい雫がボタボタと目元から溢れてくる。
幼さの残る丸い頬を伝い、膝の上においた掌に零れ落ちた。

「ごっごめん?ハッ…急に肩に手を置いたのがセクハラだったか?
そっそれとも、やっぱりオレなんかまずいこと言った?」

女の子の涙になれていないような動揺ぶりで慌てる青年に
零れ落ちる涙を強引にぬぐいながら小さく頭を振る。

「そうじゃっ…ないんっです。わっわたし、ずっと……邪魔だって
この戦いを……ボロボロになる…みっ皆を黙ってみてるしか…できないっ
最悪な傍観者だって、私なんかいらないって思ってて…」

「なっ…いっいらないわけないだろ?」

「うんっ。だから……いらなくないといってくれて嬉しかった」

ありがとうございますと涙を流したまま微笑めば
青年も少し照れたように薄く笑った。

ああ、彼がこんな風に優しくてよかった。
と同時になんて私はいやなやつなんだろう?

「ディーノさん、聞いてください。
ディーノさんだけにしか頼めないお願いがあるんです…。
もしも……大空戦でツナが負ければその時は私を」

私の言葉をゆっくりと咀嚼そしゃくするように、彼は黙ってしまった。無言が流れた後
ディーノはホテルに戻るまで何も言わなかったしその話題を蒸し返すこともなかった。
ただとても辛くて、苦しそうで、だけどこちらを気遣うような瞳に
私はホントにいやなお願いをしたんだと実感したし、彼も最終的にもし
もしもそうなった場合は私の願いを実行してくれるだろうなと
はっきりとイエスをもらったわけではないけど、なんとなく感じ取れた。

――だって、ディーノさんはとってもやさしい人だから。 Page Top Page Top