墜ちろ、そして廻れ1
「幻覚汚染が治った?」
ハッと周りを見れば、周りも私と同じように不思議そうな顔で
意識がハッキリしてきた自分の手や身体を確認してうろたえていた。
しかしツナだけがまだ苦しそうにしゃがみこんでいる。
「うっ……頭が」
「ツナ!?――だいじょう…ぶ」
すぐ近くだったため、ツナの身体に心配して触れた途端。
コチラも激しい頭痛に襲われ、同じようにしゃがみこんだ。
視界がゆがむ。頭が割れそう。周りのツナや私の様子に
狼狽えて心配する声だけが遠くに聞こえた。
「なにかっ……見える」
その瞬間、視界は暗転した。口から吐いた泡で我に返る。
冷たくて暗くて……水の音が私が動いたり呼吸する度に頭に響く。
アレは……骸?――何かのカプセルに拘束された状態で骸は静かに目を閉じている。
ひどい!!助けなきゃと思って近づこうとして……また場面が変わった。
逃げる骸と少年二人。追っ手が迫る。骸は二人を逃がすために
囮となって捕まって……。
またズキッと頭痛とともに場面が変わった。廃墟らしい建物の映像。
少女の声が骸の口調で誰かと話している。
アレは……ツナのお父さんだ。守護者のリングを持っている。
そして少女はよく見ればクローム。
そこでハッとツナと私の意識は現実へと引き戻された。
二人でしゃがみこみながら、肩で息をしていると大丈夫かと声をかけられた。
「うっうん!!それにしても…アレ」
「も見えた?」
確認するように問いかけるツナに、うなずく。
「骸!!」
マーモンが背後を取ったと声をあげたと同時に、袋の中に吸い込まれていく骸。
しかも、黒ヒゲ危機一髪のようにその袋ごと外からマーモンの頭上にあった輪が
するどい刃を内側にし、ギュッと締め上げた。
ヒッと息をのむ。皆も各々青ざめたり悲鳴をあげた。
「ッ馬鹿な!?」
悲鳴はやがて歓喜にかわる。袋は鋭い蓮のツタとともに内側から破られた。
「墜ちろ…そして
廻れ」
骸の静かな勝利宣言が響く。ご丁寧に守護者のリングまで見せながら。
勝ったと誰かが呟いたその瞬間、圧倒的な骸の力に鳥肌が立ちながら
やったと唇を震わせて、勝利に酔いしれた。
「ボクの力はまだこんなもんじゃ…!?」
「ご存じですよね?――幻術を幻術で返されたということは
視覚のコントロール権を完全に奪われたことをしめしている」
「ッ!!…ぐげっ!!」
マーモンのペットだったはずの蛇がマーモンを締め上げた。
「さぁ…力とやらを見せてもらいましょうか」
壁が、床が……その言葉を合図だったかのように溶け出した。
真っ暗なブラックホールのような空間に吸い込まれるように墜ちていく。
体育館の中央にいた二人だけじゃない。そこからギャラリーの私達まで
穴は
躊躇なく広がりをみせると、ぽっかりと容赦なく口をあけて待ち構えた。
「きゃあ!!」
「おっ落ちる!?」
「大丈夫か!?」
「さん…しっかり捕まってください!!」
ツナは山本に、私はバジル君に捕まれて助けてもらい引っ張りあげられながら
バクバクする心臓のまま、ヒーヒー言いながら呼吸を整えた。
「しっ…死ぬかと思ったぁ」
「…私も」
悲鳴をあげて落ちていくマーモンはともかく、骸なんて笑いながら落ちていったけど。
メンタル大丈夫だろうか。――いや、ワカッテルヨ…これが現実ではないって。
でも、目の前にあいた穴には恐怖しか感じない。
どこまでも底が見えない。本当に何十メートルも
陥没した地面みたい。
「君の敗因はただ一つ…僕が相手だったことです」
死ぬっと断末魔のような悲鳴をあげながら、マーモンはもがき苦しみ
風船のようにふくらんだかと思えば、爆発した。
後に残ったのは、現実に戻された骸ただ一人。
そして彼の手には完成した霧のリング。
「霧のリングはクローム
髑髏の物となりましたので…
この勝負の勝者は、クローム髑髏とします」
「そっそんな…そこまでしなくても!!」
ツナの言葉に、私もうなずけば少しあきれ顔の骸が振り返った。
「敵に情けをかけるとは…どこまでも甘い男ですね」
「確かに甘いかも知れないけど…でも」
まだ赤ん坊だったしと上手く表現できずに口ごもっていると
骸は静かに近づいて、少女のウェーブがかった茶色い横髪を撫でた。
「まさか…試合中、幻覚汚染まで無効化するとは……面白い子だ。
――それに、心配しなくても相手は逃げましたよ」
「にげた?……ええ!?――でも、確かに爆発して!!」
私の正直な反応が面白かったのか、彼は一瞬ポカンとした後
すぐクフフと面白いものでも見るように目を細めながら
ゆっくりと顎に指先をかけ、視線をあげさせた。
「お嬢さん。見えているものだけが全てではありません。
こうして君に触れている僕だって…幻かも知れない」
顎から離れた指先は、赤い林檎のような少女の愛らしい頬を滑る。
ツナが何してんだよと真っ赤な顔でつっこんで
ようやく骸は失礼したと言わんばかりのリアクションをした後に手を離した。
私も何か言ってやりたかったが、あまりの妖艶さに面食らって
真っ赤な顔で口をパクパクさせることしか出来なかった。
骸いわく、マーモンは初めから逃走するためのエネルギーは残していたらしい。
つまり、ずっと敵は本気で勝負する気はなかったということか。
なんというか……あの赤ん坊守銭奴なだけじゃなくてとんでもなく……。
「「抜け目ない」」…あっ」
骸と言葉が被って、思わずお互いの顔を見やると彼も私も少し苦笑した。
一応は殺していないということにホッとしたのもつかの間
敵陣営のボス、ザンザスが試合終了後にマーモンを消せと機械の男に命令していたので
ヒッと息をのんだ。――負けたからってそこまでする!?
「やれやれ…全く君はマフィアの闇そのものですねザンザス。
君の考えている恐ろしい企てには…僕すら
畏怖の念を感じますよ」
骸の言葉に、ザンザスの顔は不快そうに歪んだ。