「ボンゴレが誇るヴァリアーの情報もうも…たかが知れてますね」

確かに、骸の言うとおり……彼はここにいる。
目の前にいる彼も本物にしか見えない。
でも、先ほどクロームが見せていた幻術だって私からすれば本物にしか見えなかった。

ますます頭が混乱してくる。

「めんどくさい奴だなぁ」

マーモンはハッキリさせると宣言すると、ゆっくりと宙に舞った。
マーモンからすれば、今の骸はクロームにとりついた幻覚でしかないと思っている。
あの顔をかくすようなフードから激しいブリザードが飛び出した。

あたり一面、何も見えなくなるほどの吹雪に襲われる。

「さむいっ」

ギャラリーのコチラも例外なく吹雪に見舞われ、各々が悲鳴をあげたり
なんとか直接顔にあたる冷風を防ごうと腕でガードの姿勢をとる。

「幻覚で出来た術士に負けてあげるほど…ボクはお人好しじゃないんだ」

吹雪の向こうでマーモンの言葉が響く。
骸……いや、クロームは大丈夫かなと何とか冷風をガードしつつ
チラチラ視界の悪い中、うかがえば……ぼんやり見えた彼は微動びどうだにしていない。

しかも、そのままマーモンに氷づけにされてしまった。
彼は動くどころか悲鳴も、焦りも見せない。
その姿にコチラも幻覚かと声があがったが、チラリとツナを見れば
幻覚だと思っていないような、焦った顔だった。

そして可愛い声とともに、鉄のハンマーをフードから出したマーモンは
素早いスピードで、浮いたまま骸に向かって直進した。

「あんなのくらったら!?」

アレだけ氷づけにされてたら、あの堅そうなハンマーで
クロームが粉々になっちゃう!!

思わず怖くて目をつぶると、ツナ達ではなくマーモンの悲鳴が先に上がった。
え、と弾かれるように目をあければツルに拘束される赤ん坊の姿が目に入る。

「キレイ…」

思わず呟いた言葉に、近くに居たコロネロが小さくハスの花だと答えた。
ピンクの花びらが楕円状に広がる。蓮の葉は実際に見たことあったが
花を見たのは初めてだった。蓮の花で思い出す。
極楽(あの世)で咲いているといわれる花だということを。

マーモンのうめき声とともに、氷がとけて骸が不敵な笑みをうかべて
何事もなかったかのように、立っている。

「誰が幻覚ですか?」

クフフとノーダメージの骸が独特な笑みをうかべる。

やった!!形勢逆転しそう!!さきほどまで超能力通り越して異能力としか言い様がない
ムチャクチャな攻撃……もとい、幻覚を仕掛けて圧倒してきたマーモンも
締め付ける蓮のツルに身動きすらとれない。

しかも足下ではサラッと骸がうちの霧の守護者だとかリボーンがコロネロに答える。
獄寺はクロームのことはどうなるかと問えば、骸とわけて考えるなと忠告された。

「クロームがいるから骸が存在し、骸がいるからクロームも生きていられるんダ」

「いっ…意味が分からないよ」

「シュレディンガーの猫みたい…むずかしい」

リボーンはそんな感覚に近ぇなとニヒルに笑った。

シュレディンガーの猫とはとある思考実験のことで
簡単にいえば、外からのぞけない箱の中に猫を入れる。
そして箱は毒が一定の確率で出て、猫を殺す。
さぁ……箱をあけた時、猫の生死はどうだろうという実験。

流石に思考とついているだけもあって、実際に猫を使って実験することはない。
この実験が何を言いたいのかと言うと、猫は生きてもいるし死んでもいるということ。
人は箱をあけるまで、その猫が生きているのか死んでいるのか分からない。
実際に実験を行うことも出来ないので確かめることもできない。

この思考実験を知った時はなんて屁理屈なんだ、とか……
こんなの正解がないようなものだとその時は思い込んでいたけれど
でも骸とクロームが、もし"彼"であり"彼女"でもあるならばこの理屈もまかり通る。

彼も彼女も存在するというのが答えだとすれば……。
祈るような気持ちで視線をあげ、骸をしっかりと見すえた。
彼には拉致られたり、ファーストコンタクトから嫌なことしかなかったけど
でも……彼女には勝って欲しいから……だから私は応援する。

元々が個々で独立した存在だってことも分かってはいるけどさ……。
でも、今は私も信じがたいけど二人は重なっているように感じて仕方ない。

今はこうするしかないと呟いたリボーンの言葉も聞こえない程
私達は目の前の勝利が迫った展開に白熱した。

相変わらずマーモンは頭上高くツルに拘束されたままうめいている。
ゆっくりと優雅に、そして骸は笑みを絶やすこと無くマーモンに歩みを進めた。

「さぁ…どうします?――アルコバレーノ」

グサリですよと不敵に笑えば、抵抗するようにマーモンの首にかけたおしゃぶりが光った。

「図にのるな!!」

マーモンがツルを引きちぎり、拘束をといた。
それだけでも驚いたが、今度はなんと一瞬でもの凄い数に分身した。

引きちぎったのは、どうみても物理的にしか見えなかったけど
幻術を跳ね返したと受け止めてもいいのだろうか。
急に光ったおしゃぶりも怪しい。近くのリボーンにあのおしゃぶりについて
聞こうとしたが、私以上に厳しい顔でおしゃぶりを凝視し何か考え込んでいる様子だったので
聞こうにも今のタイミングでは聞けなかった。

その勢いのまま、分身した多くのマーモン達は少年に突進する。
よけられるのかと心配したが、骸の瞳も怪しく光ったかと思うと
そのままクロームが持っていたような三つ叉槍で多くのマーモンを切り裂いた。

攻撃の後は、本体だけが残り苦々しそうに苦言をこぼす。

「格闘の出来る術士なんて…邪道だぞ。
輪廻だってボクは…認めるものか!!」

「ほう……」

パラパラとちぎれた紙切れのようなものがふるなか、頭上からマーモンは続ける。

「人間は何度も同じ人生を無限に繰り返すのさ!!
だからボクは集めるんだ…金をね!!」

赤ん坊の頭部に浮いていた金の輪が回り出したかと思うと輝き
それは、地面を揺らすほどの幻術へと広がっていった。

だからあの年齢でかなり守銭奴しゅせんどぽかったのかと言い分は分かるが
度が超えすぎているので、若干呆れていると
ギャラリーの方にまで幻術は広がってきたので逃げ場を失ってうろたえる。

ツナや私達も思わず足をすくわれ、転びそうになるのをこらえる。
そんな私達をよそに、リボーンはちゃっかりコロネロといっしょに浮いていた。
思わずこっちも助けてよと言いかけたが、赤ん坊に私の体重まで
抱えて飛べと言うのもこくだよなと自分の中で諦めるしかない。

「クハハッ…強欲ごうよくのアルコバレーノですか。
しかし、欲ならば僕も負けません♪」

三つ叉をひるがえし、骸も攻撃態勢をとる。
すさまじい火柱とともに、みんなが頭を抱えてしゃがみ出した。
吐き気がするほどの眩暈や頭痛に襲われる。
さらに幻覚とは言え、火柱の影響なのか熱波もひどかった。
熱いと空気も焼けるようにヒリヒリとし、喉も空気を吸う度に肺も痛む。

チラリと覗いたが、コチラだけじゃなくてどうやら
敵陣営もコチラと同じような状況だった。

「幻覚汚染が始まってるぜコラ!!」

コロネロにリボーンも続ける。

「脳に直接作用する幻覚をこれだけ大量にくらったんだからな」

ええ!?幻覚って確かに脳の錯覚とか利用しているのかと思ってたけど
脳に悪影響だったの!?――なぜ今このタイミングでそれを言うかな!?

こうなったら効果あったか分からないけど、直視しないようにとか
紫外線じゃないけど、サングラスでもかけておけばよかった。

一番、苦痛に耐性のない私は猛烈な吐き気の中でとうとう意識が朦朧としてきた。
あ……やばい、倒れるかもと思ったその瞬間。頭の中で凜とした声が響く。

『我が、愛し子をたすけたもう』

もうダメかと暗転するような強い眩暈を感じ、一瞬身体中の力が抜けた。
しかし、次にはグッと手足に力が戻り、私は寸前のところで踏みとどまっていた。

だんだんと覚醒していく意識。パチッと目をあければ先ほどの苦しみがすっかり消えていた。
え、と慌てて目の前で手をかざしたり、もしや現実では意識がなくて夢を見ている状態ではと
頬をつねってみたところ、しっかりと痛みを感じる。 Page Top Page Top