あの後、私は雲雀さんと別れをつげて家に帰った。
帰ろうとして雲雀さんの家に戻るかとも聞かれたけど
秒速で断ったのは言わずもがなだ。

次は確か雨の試合。スクアーロという人と山本か。
あの女の私ですら惚れ惚れするような美しく手入れのされた銀髪ストレートヘアに
ご近所迷惑なオペラ歌手並みの声量で山本を挑発しまくって帰った男。

ここまで考えれば超絶ださいうえにどこの一人劇団だよとツッコミたくなるが
あれだけ啖呵きってた彼の実力は本物。なんせ一度私達は町中で負けてるから。

胃が痛くなってきた。山本は大丈夫なのかなぁ。
これで負けたら私達はこの勝負終わることになる。
みんな分かってると思いたいけど、でも誰も口には出さなかった。
それは山本を信じているからとも受け止められるけど、逆に彼が試合前
余計にプレッシャーを感じないようにという配慮とも受け止められる。

ふと足がとまった。
そうか……そうだよな。

負けたら終わりなんだよ……。

「っははっ…」

苦しくて大きく息をつこうとしたが、なんだか笑いもこみあげてきた。
だって、負けたら私は……?そう考えると泣きそうな顔で笑うしかなかった。

明晩、慌てて会場に向かえばすでに試合が始まっていた。
ホテルで待機していたらしいボンゴレ関係者から並中まで
運転してもらい会場についたはいいものの……。

ここにくるまでかなり妨害されて疲れた。
ボンゴレ側は今日で勝敗が決まると覚悟し、みすみす景品である
私を現地に行かせまいと抵抗してたので会場入りが遅れてしまった。

何度も危なくなったらすぐに車まで逃げるように念を押されてため息をつく。
彼の口ぶりからは恐らく今日で負けが確定すると思っているであろうことが伺える。
同じボンゴレって言っても山本を信じているのはもしかするとツナ達だけで
多くがどこか諦めモードなのかも知れないと考えて悲しくなった。

確かに……負けた時のことが頭をよぎらないわけではなかったけど。
でも、山本を……友人なら最後まで信じたいという気持ちだって
私からすればウソではない。

だからこそ、彼らの心遣いは嬉しい反面……少し悲しくなる。
それに本当に負ければいくら車で逃げたとしても
すぐ捕まってしまうだろう。

それでも逃がしたいのは、恐らくリングは厳しいが、私のことだけでもどうにか
最後まで匿って抵抗することで、引き渡すまでの時間を稼ごうというつもりなのかも知れない。

そんなことしたって意味があるとは思えないけどね。
処刑台に行くまで猶予が伸びたようなものだ。
その抵抗でなんとか数日の猶予が与えられたとしても……
ストレスでハゲそうな予感しかしない。

運転手は最後まで心配してくれたけど、目つきがおだやかじゃない人もチラホラいた。
もしかするとヴァリアーに渡す前にどこかのマフィアにで
も先に売りつける算段でいる人もいるのか。

心配そうな眼差しと、どこかギラギラした視線が入り混じって
会場につくまでも安らぐことはできなかった。

やっとの思いで会場に到着すると、すでに試合は開始しているようで
モニターの前にツナ達が祈るように山本を見守っているところだった。

「やっと来たか」

ディーノさんに声をかけられて軽くうなずく。
身長の低い私が見えやすいように
すっと肩に手をかけるとすぐに前の方に押しやってくれた。

見えやすいだろと囁くディーノに赤面しつつ
小さくありがとうと呟く。

それにフッと彼も微笑んだ。しかし次の瞬間には
真剣なまなざしにもどり、画面の向こうの試合に戻る。

「山本……大丈夫かな」

「うっうん!!今はまだ山本が健闘してるよ」
ツナの言葉によかったと張り詰めていた緊張を少しとく。
もし私がかけつけた頃に山本がケガをしていたり
最悪試合が終わっていたらどうしようかと、ものすごく不安だった。

「やった!!あたった!!」

今日まで知らなかったが、ツナやリボーンの説明によると
山本は時雨蒼燕流しぐれそうえんりゅうとよばれる型8つからなる刀技を父から継承したらしい。
野球が得意なイメージしかなかったので今まで不安だったが少し安心した。
確かに山本からも心配するなとは聞いてたけど
短期間でこんなに強くなるなんて……すごい!!

本当にリボーン君のいうようにもしかすると
ヒットマンとしての素質があるのかも……。

「あれが時雨蒼燕流攻式こうしき5の型…五月雨さみだれだゾ」

リボーンの説明に関心しながら、画面に意識を集中する。
あの水が溜まっていく足場の悪い中でよく攻撃できるなぁ。

吹き飛んだスクアーロにもう立ち上がらないでくれと願うも
現実はやはりそう甘くはなかった。

なんと何事もなかったかのように水中からスクアーロが叫びながら飛び出してきた。
さらに刀で切りつけたはずの身体が無傷なのにツナや私も驚く。

「当たってたはずなのに!?」
ツナの言葉にそうだよとうなずく。だって素人目に見ても
あたっているようにしか見えなかった。

「一瞬だ。――山本の刀の軌道きどうに合わせて一瞬身を引いたんだ」


ディーノの説明に皆が絶望する。あの足場の悪い中
しかも初めて仕掛けられた攻撃を一瞬で見切ってよけるなんて……。
どんな異世界転生チート主人公だよ……くそぉ、いんちき。
私とのスペックの差に、人を作りたもうた神を責めたくなる。

ベルも戦いの天才とか言われていたけど、スクアーロはそれ以上だ。
そりゃあ、あんだけ叫んでたりイキってる感じだとさ
アニメだと絶対かませ犬だなぁと思うけども!!

そりゃあこんな実力を持って居たらビックマウスにもなるよね。

「スクアーロはやられて倒れたんじゃない。
みずから後ろに飛んだんだ!!」

「そっそんなことって!?」

ツナの叫びに同意するように私もスクアーロを凝視する。

「あんな早い太刀筋を一瞬で見切ったっていうの…?」

「やつに動きを読まれていたとしか考えられねぇナ」

私達は攻撃があたって思いっきり背中から倒れたと勘違いしただけだった。
近くにいたバジルもまさかとリボーンの言葉に抗議する。
しかしリボーンの瞳はスクアーロ達からぶれることはなかった。
まるでスクアーロなら山本の攻撃を見切って当然だとでも言わんばかりに落ち着いている。

「一つに落ちないことがある……貴様、なぜ今の一太刀に
ではなくみねをつかったァ!?」

スクアーロの問いに、一同ざわついた。

「峰打ちにしたってこと……?」

私の疑問にディーノやリボーンが補足する。
どうやら五月雨をあてる瞬間、とっさに刃の向きを逆に切り替えたらしい。
その事実に、山本に対して心の中で様々な疑念がわいてきた。

相手を傷つけたくない?……そんな風に優しさだけで勝てると思っているのかと。
山本の優しさは好きだし、あの人なつっこく明るいところは尊敬するけど
でも……それで大けがしたり最悪死ぬかもしれないのに……なぜ刀を向けない?

色んな疑問がよぎったが、でも心の中で一つだけ導き出した答えがある。
それは山本に無事で生還してほしい……ただそれだけ。
だからこそ山本には刃を向ける覚悟をして欲しいと思うのかも知れない。
だって私も相手を殺したいとも思わないし、そこまでして守護者のリングは欲しいと思わないから。

それでも刃を相手に向けるのは、己を……山本自身の安全の確保してほしいから。
攻撃は最大の防御とはよく言うけれど、相手が話し合いなんかで試合放棄してくれなさそうだからこそ
最後まで……例え相手を最悪切れなくてもいいからしっかりと刀は握っていて欲しい。

そして、私はその刀に祈るしかないできないのがどこまでも歯がゆい。
どうか、山本をお守り下さい。

そう願いながら2人の試合を奥歯を噛みしめて見つめるしかできなかった。

「山本ォッ!!」

ツナの叫びが観客席に響いた。
袈裟けさ斬りが綺麗に山本の肩から胸にかけて走る。

スクアーロの攻撃があたり、観客席にどよめきが走る。
山本がよろめいて、肩を押さえながら水たまりに尻餅をつく。
全員息をのんだ瞬間、さらにスクアーロの言葉に戦慄した。

「貴様の技は全て見切ってるぜ!!――なぜなら…
その時雨蒼燕流は昔ひねり潰した流派だからなァ!!!!」

「っ……そんな」

「時雨蒼燕流を…昔つぶしただって?」

「昔…剣帝という男を倒し、極めた剣を試すため俺は強ぇ相手を探していた。
そんな折、細々と継承されている完全無欠の暗殺剣が東洋にあると聞いた。
それが時雨蒼燕流!!――見つけたぜぇ。継承者と弟子の3人をな。
貴様と同じ八つの型を使いやがった。だが、全てはロートル剣術の亜流!!
全ての型をうけ、見切り…切り刻んでやったぞォ!!」

意気揚々と武勇伝を語るスクアーロに山本だけじゃなく私達まで驚愕した。
それはやがて絶望にかわり、お互いの間を冷たい空気が流れる。

「そっ…そんなことって!?」

「おそらく、本当の話だゾ…スクアーロの技の見切りは反射レベルよりもう1ランク早い」
リボーンの言葉に一斉にイヤな空気が流れた。一瞬誰もが口をつぐみ、静寂が流れる。

「じゃあ…山本の技はもう全部効かないってこと?」

しかし山本は否定するように肩を押さえながらスクアーロに聞いたことがないと笑った。

「俺の聞いた時雨蒼燕流は…」

ゆっくりと画面越しに山本が立ち上がり、歓喜する。

「完全無欠、最強無敵なんでね!!」

強気に吐き捨てる山本にスクアーロが吠えた。
ここからスクアーロの猛攻が始まる。 Page Top Page Top