「ここに居た!!」

ふぅと息をはいて見上げれば、静かに足を組んで待っていた雲雀。

「私、並盛中の生徒じゃないから…校舎の構造把握していないんですよ。
せめてどこで待っているかくらい教えて欲しかった」

あ、でも方向音痴の常習犯だから聞いてたところで迷うの目に見えてるな。
ぶつぶつ愚痴ると、意外にも聞こえていたのか素直に彼はごめんと一言謝罪した。
その様子に面食らい、別の意味で汗が伝う。

「あっあの…話ってなんですか?」

沈黙に耐えきれずに、喉から絞りだすように問いかける。
雲雀は座っていたベンチに座るように静かに促した。

「……何で距離をあけているんだい?」

「…逆にわかりません?」

眉を下げながら見上げると、彼は一瞬だけ口をつぐんだ。
しかしすぐにまぁいいかと話題を変える。
そのメンタルの強さ欲しいなぁ。あ、でもこの人の場合は単純に興味がないのか。

「単刀直入に聞くけど、君は何者?」

黒い、まるで純度の高い黒曜石に見つめられているよう。
私は言葉の意味が分からず、小首をかしげれば彼は警戒するように瞳をスゥッと細め声を低くした。

「君が来てから…僕の周りでは問題ばかり起きているからね」

言葉につまる。確かに自分が並盛に転校してから1年も経たずに骸の一件からリング争奪戦まで
私を取り巻く範囲内のゴタゴタぶりはすさまじい。
彼はもしかしてそれらの全てを私のせいじゃないかと責めているのかと思い
その美しいかんばせをそっと顔を伺えば、相変わらずポーカーフェイスで考えが読めない。
けれど、多分だけど機嫌が悪そうにも見えないことから内心安堵した。
その問いは単純な疑問……?それとも好奇心?

そう思うとなんだか子供っぽくて乾いた笑いがもれる。

「私も…分からないですよ」

諦めたように、けれども少しだけ震えた声に気づかれないように
いつものように困り眉を作りながらフッと笑みを浮かべた。

「雲雀さんが望んだ回答かは分かりません。――でも多分ですが
私も雲雀さんもきっと巻き込まれてしまっただけだと思うんです。
たまたま偶然その場に居合わせてしまった被害者なんだと……
私はいつも考えて落ち込んでしまいます」

考え出すときりがない。何度もよぎらないわけがなかった。
どうして私の行く先々でこんな事件ばかり起きるのか?
私が疫病神なのだろうか?そんな考えは世界の守護者だと言われた日から
無意識かつ深層心理の奥深くで、ぐるぐると渦巻いて
今ではいつか私を飲み込んでしまいそうなほど不安と恐怖の水かさは増すばかり。

自分を責める声は絶えず聞こえ続け、自分に絶望する心の痛みには慣れることはない。

「雲雀さんが…えっと、どこまで聞いているか分かりません。
ですが私が世界の守護者だということは知っていますか?」

彼はそれが誰か名前までは聞かなかったらしいが
ディーノと修行中にチラッと耳に挟んだとうなずいた。

「ただそれが女子とは聞いていた…それも年がそう変わらないと」

なるほど、ディーノさんは私と雲雀さんが知り合いとは知らなかったし
リング争奪戦中は接点をもつことはないと踏んだのだろう。
だからあえてわざわざ名前まで教え無かったんだろうな。
まぁ私と知り合いだろうが雲雀さんは興味がないことにはふぅんってスルーするだろうしね。

「君があの場にいて…気づいたよ」

静かに呟いた彼の言葉はなんだか少し悲しそうに聞こえたのは私の主観すぎるだろうか。
まるで私が世界の守護者じゃない方がよかったというようにも聞こえるし
いつもの淡々とした口ぶりにも聞こえなくもない。
相変わらず読めない人だ。

「雲雀さんは…「君は」…?」

「こわくないの?」

言葉を遮ってまで問いかけた言葉に面食らう。
二重の大きな瞳をさらに丸くし、ポカンと意味が分からないという顔で伝わったのか
彼は補足するように呟いた。

「君には同情するよ。こんなこと僕にはめんどくさいだけだけど…、君の場合はこわいだろう?」

こんなこと望んでいないと私の頬を撫でる指先の冷たさに我に返った。
私の幼さを残した丸みのある頬をまるで輪郭を確認するように指がスッと伝う。

いつもは真っ赤な顔で何をするのかと慌てるところだったが
それはあまりにも自然すぎて、つい彼の美しい瞳だけでなくバックの夜空からも目が離せず
ぼうっと見つめることしか出来なかった。

涙を流したわけではないけれどまるで流した涙をぬぐうような動作と
彼の静かな……けれど同情や憂いを孕んだような瞳に
私まで悲しくなって涙は出さずに、けれど泣き出しそうな顔を作らないように
がんばって頬の筋肉を引きつらせて笑みを浮かべるように努力する。

そんな私に彼は驚いてスッと手を離した。

「ごめん」

一言そうつぶやいて。

「いえ…謝らないでください」

どうしていいか分からず、居たたまれなくなって私から先に
視線をそらして引きつった笑みを浮かべた。

あ、と今なら聞けるかもと思い勇気を出して問いかけてみる。

「雲雀さんはどうして私なんかを気に懸けてくれるんですか?」

だって、普段は他人なんか気にしないような人だ。

沈黙が流れる。いつもは居た堪れないけれど
この時の沈黙は必要な沈黙だったと感じる。
彼にもキチンと考えて発言して欲しかったのもあるし、自分がすぐ聴く勇気もなかったから。

私が、何度も心の中で問いかけて来た問い。
いつかははぐらかされてしまったけれど……やっぱり彼の口からききたかった。

孤高を貫く、一匹狼が……どうして子豚を気にするのか。
自然界の摂理でいけばいつか捕食するための保存食扱いだろうけど
現実はどうだろう。――私はなんのために生かされてる?
彼が私に係わることなんてデメリットしかないはずなのに。

「もし理由がないなら…たまたまとか気まぐれでもいいんですよ」

確かにそういうことから続く人間関係もないこともないと
助け舟を出すように困り顔で笑めば、彼は静かに違うと呟いた。

「僕も…これをどう言えばいいのか分からないから困っている。
君を見かけたのはちょうど君が多分並盛に来た直後くらいだった」

並盛にきた直後と言えば、ちょうど日本に戻ってきた時だ。
外国帰りで右も左も分からず、初めて来た並盛に戸惑ったっけ。

「君は覚えてないだろうけど、僕に道を尋ねたんだ」

ポツポツと語り出す彼。失礼だが私の方と言えば全く覚えてなかった。
というか昔の私すごいな。普通に雲雀さんに話しかけて。
私が百面相していたのが面白かったのか、フッと彼は小さく笑って続けた。

「どうして僕にと聞いたら…詳しそうに見えたってさ。
まぁ、それは当たってるよ。だって僕の町だからね」

僕の町という言葉にはつっこまないでおこうと思い、続きの言葉をまつ。

「道を教えた後、僕に不良がつっかかってきたんだ。
僕も噛み殺してやろうかと思ったけど、君が慌てて飛んできて
何か早口で叫んでいたよ。――結局あっちが気味悪がって逃げてった」

不良……あぁ、絡まれて怖かったことを思い出す。
あれ、私につっかかってきたんだと思った。
外国にいた時たまに差別的な言葉を言って来る生徒もいたから
日本に来てまでなんで絡まれるんだよと久しぶりに切れて英語でわめいた覚えがある。

「君は…震えてた。自分の倍以上の相手に挑んで勝手に僕を背にしてかばうように…。
僕は……守られた事はないからね」

「勝手にすみませんでした」

余計なお世話でしたねとチラッと顔を見れば、彼は少し困った顔で笑った。

「僕は並盛にきたばかりと聞いていたからてっきり印象を悪くしたかと思ったけど
君はいつもみたいに震えながら笑って幸先は悪いけど、でも最初に出会えたのが優しい人でよかった。
あなたがいるならこの町もきっといい所ですねって言ったんだ」

「全く覚えてないです」

でもおしゃべりな私のことだ。思いついたら口からマーライオンみたいに
言葉を吐き出すモンスターだから多分そうなんだろう。

「それで私のことを気にかけているんですか?」
前はどうしてだったか覚えてないとか口にしたくせに
今日はやけにペラペラしゃべってくれるんだなと怯えつつ
黙って聞き役に徹することにした。

「僕もそれが理由なのかは分からないから言えない。
ただ、ふと出会った時の事を最近思い出したから。
――その後も君とは何度か会ったりして
なんて言えばいいか分からないけど…」

「けど…?」

急に黙り込んだ彼を見上げると、私の顔に影が落ちた。
彼の長い睫毛が、スッと通った切れ長の瞳がどアップで私を見つめている。
それこそ、彼の瞳にうつっているのが分かるほどに。

慌てて後ろに身を引こうとすれば、ベンチから転げ落ちそうになった。
彼が長い腕で瞬発的に抱き留める。その間も視線はぶれない。

「君とはなぜか…関わらずにはいられない」

顔がすごく熱い。この熱が伝わったのか、彼の頬も少しだけ赤らんで見えた。

しばらく沈黙した後、私は盛大に吸っていた息を吐きだした。
どこで吐いていいか分からなくタイミングを失っていた二酸化炭素が一気に身体から出る。

「っはっ…はぁっ」

流石に彼も身を引いて気遣いからか背をさすってくれた。

「ワオ。大丈夫かい?」

「っはい…。――でもよかったぁ」

頬を赤くしたまま笑むと彼は一瞬固まり、意味が分からないと首をかしげた。

「私がなにかしたんじゃないかと不安だったんです」

私が怒らせて狙われてるという今までの最有力だった読みは外れたらしい。
あ、でもハッキリとした理由が分からないと言われた今
もしかするとその可能性も捨てずらいし……。

心臓が小さな身体を揺らすように、まるで時限爆弾みたいに急かしてる。
私のことを嫌ってないんですか?もしかして好きなんですか?
ふとそんな言葉を鼓動に急かされてつい口走ってしまいそうで怖かった。

「なにかした…わけではないと思うけど。
僕もそこまで考えた事はなかったし。
基本的に群れるのは嫌いだから…こうやって誰かのことを
考えたりするのも珍しいことだからね」

チラッと横顔をうかがえば、よかったねと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
またそれがくやっしいくらいカッコよくて、何も言えずに視線をそらして黙るしか出来なかった。

1分くらい間をあけて、沈黙に耐え切れずに終わらせようと言葉を紡ぐ。
「もうすぐ…雲雀さんも試合あると思いますけど…あの…」

負けないでと言う前に彼は笑った。
とても自身ありげで、そしてゾクッとするほど不敵な笑みで。

「僕が勝つ」
ただその一言だけで私を納得させるには十分だった。 Page Top Page Top