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その間もかなり必死の形相ぎょうそうでボロボロの少年バジルが追いかけようとするも
どう見ても傷だらけすぎて倒れ込んでいた。遅れて今頃やってきたリボーンに深追いするなと
キュートボイスから似合わぬシリアスな感じに制止されているので少し笑いそうになる。
案の定ツナも今頃出てきてとリボーンに怒鳴っていたが、リボーンはさらに衝撃の言葉をつげた。

「あいつもボンゴレファミリーだからな…俺は攻撃できねぇんダ」

「ええ!?俺ボンゴレの人にやられそうになったの!?」

「はっ!?どどっどういう事ですかリボーン君!?あっあの人、どう見ても敵ですよ?」

慌てふためいていた私も新たな事実の発覚に、むしろそっちの方が気になったので
思わずツナと同様にリボーンの言葉に突っ込んだ。

私はまだボンゴレとかマフィアとかよく分からないんだけど……。
でも、どう考えても同じマフィアのファミリー同士であんな町中でドンパチする!?
こっちはただの中学生なのに、あの人いい年して本気モードで攻撃してきたけど!?りにきてたよね確実に?
それともボンゴレとやらはこういうのが当たり前なほど内部抗争激しかったりするの…?

「[怖い、怖い、マフィア怖い」
「ああっさんが思考停止した!?」

大丈夫?と少年に揺すられるも、マフィア怖いだけしか出てこない私。

私達はとりあえず、バジルさんの手当のためにあの場から離れることにした。
……遠くから聞こえてきたパトカーのサイレンを気にしたからではない…と私は強がりたい。

私はなんとなく居心地が悪くて、バジルさんが寝ている病室には入ったものの
どうして良いか分からなくてすみっこでうつむいたり、時折ぼんやりと(痛々しくて直視しづらい)少年の
ベッドに横たわる姿を見守ることしか出来なかった。
ツナとディーノさんとディーノさんの部下らしい黒服のいかつい男性が一人ついて見守っている。
3人は私をそっちのけでボンゴレリングが…とか何とか話し込みだした。

私も何となく全部が全部無関係ではないから聞き耳を立てていいのかと思いつつ
でも、どこか遠慮する気持ちもあって黙り込んだまま別のことを考えていた。

何でこんな人生なんだろう。どこにやっていいか分からない視線を落としながら
望んでこんなバイオレンスなことを願ったわけじゃないと静かに息をはいた。
確かに刺激の少ない人生よりエキサイティングでスリリングな方が好き。
でも、それは二次元やテレビドラマでいくらでも供給できたし、それで十分だった。
それなのに……あのときの戦闘が頭から離れない。
ヒリヒリと肌を刺すような男の殺気、好戦的な瞳。肌を焦がすような熱風と爆音。
――そして訳が分からずに脅えるだけしか出来なかった私。

役に立たないのに、私を巻き込まないでよ神様。
何度目かになる行き場の無い悪態を神にぶつけながら、ため息をつこうと脱力しかけた時
ツナの叫びで思わず我に返った。
病院内に行き渡るほどの咆哮に思わず面食らいながら少年の方を向くと
少年の前で青年が先ほど奪われたであろうリングが入ったボックスをチラつかせていたので
私まで思わず絶叫しそうになりながら、呆気にとられた。

「こっちが本物だ」
「え!?じゃあさっきのは…?」

ツナの問いかけに同意見しかない。
さっき意気揚々いきようようとロン毛の人が持っていったアレは何だったんだ、と絶句していると
「俺はこれを届けるために来たんだ」とさわやかに微笑む青年に殺意がわいた。

元凶はコイツか……?いや、この本物とやらのリングが入ったボックスのせいで
いたいけで純粋で、将来もしかしたら国宝になるかも知れない日本の未来の財産である
少年少女を傷つけたんだぞコラ……。ふつふつと怒りが沸きそうになるが
ヘタレな私は怒りマークを額につけつつ、困ったように笑うしかない。

どうやらボンゴレの10代目?のツナに渡す予定だったらしいが
そのツナ本人は[#ruby=動揺_どうよう#]してパニックになりながら、家に帰って補修の勉強がーとか
リングを受け取らない口実を無理矢理作って断固拒否の姿勢をとる。

渡し損ねた青年が困ったようにツナを呼んだが、当の本人は関わる気がないと
帰りの挨拶だけ早口に述べると一目散に逃げていった。

「あいつ…自分の立場からまだ逃げられると思ってんのか?」
リボーンも呆れたような声を漏らした。そして小さく無理矢理でも渡すゾという呟きを
聞き逃さなかった私を一万回なぐりたい。――どうしてこういう事だけ聞こえちゃうの!?
この能力があれば歌詞がつかないアニメOPを変な空耳暗記じゃなくて
しっかり本家通りに覚えるほうに生かしてほしかったと後悔した。

取り残された私も、ツナの逃げっぷりに呆れつつ……でも自分も同じ立場ならそうするかもと
少し苦い気持ちになった。あ、でも私ならいつのまにか逃げるタイミングを失って
最終的に腸がねじれるくらいの苦しい問題に立ち向かわないといけなくなるはめになりそうだと
自分で妄想してコンマ数秒で苦しくなったので辞めた。

ツナが受け取らないとなると私に……と物を渡すゲームのように軽快な音楽と同時に
あの青年の思わず受け取りそうになるほどの爽やかな笑みで回ってこないかと不安になったが
そういうことでもないらしく、二人はベッドに横たわるバジルに向き直っていた。

「バジルはおとりだったんだな」

リボーンの声で我に返る。そう……だ。何となく他のことを考えようとしていたけど分かっていた。
ツナが気付いたかどうかは別として、勘が良い私はもう気付いてしまっていた。
少年が持っていた物がニセモノだとしたら、彼は何のために遣わされたのか……と。
でもそれを考え出したら、目の前で痛々しそうに横たわり……あの時も
必死にこのリングを渡すまいと一人奮闘していた少年に胸が苦しくなってくる。

いつか……恐らく彼らを見ているともっと早く偽物だとバレてしまうかも知れないけど。
この少年が命がけで作ってくれたであろうバレるまでの猶予ゆうよは毎日いきなりバイオレンスに巻き込まれる私としては
例え数日だとしても有り難い。――海外へ逃亡する準備には半日あれば十分だ(あいにく荷物の少ない女なんでね)

私の胸の苦しみが少しでも伝わったのか否か、二人も少し罰が悪そうな顔で
横たわるバジルを見つめることしか出来なかった。

「あの人はこうなると読んでたんだろうが……相当キツい決断だったと思うぜ」
ディーノはそうだ、と思い出したようにあの人と共に日本に来たことをリボーンにつげた。
リボーンはいつものポーカーフェイスのまま、来たのかと呟いたので
私はまた波乱が巻き起こりそうな予感がして、胃が痛くなった。 Page Top Page Top