そういえば……夢を見た、あれは多分幼い頃の自分。
ベッドの中で気だるくて寝返りをうちながら、ボーッとした頭で
いつものように自分がどうしてこうなってしまったんだろうかと
過去のキラキラした幼い少女を見ると、つい被害妄想が進む。

可愛らしい子供、明るく無邪気で…何にも知らないような純真無垢な存在。
お砂糖とスパイス、素敵な物をいっぱい集めて出来たような女の子。そんな女の子に生まれたかった。
私にはケミカルXの力なんか借りなくても、素敵で無敵な女の子で
誰からも愛されて、自然に愛を振りまけるような…そんな子になれれば
今みたいに惨めじゃなくて、いくらか幸せだったのかも知れない。
例えそれが私だけの痛い勘違いだったとしても………。
世界中から愛されていると錯覚さえすればもう少し素直な良い子だったんだろうか。

それと、やけに冷めていた癖に物わかりが良すぎたところがいけなかったのだろうか。
生まれてすぐにこの世界が平等に作られてはいないということに気づくような
そういうことだけは理解できてしまった可哀想な思考回路とボロボロな癖に身体に
似合わない程大きなハートを持っていたことが運のつき。
小さな手を見つめて、自分には何もないことに気がついちゃった馬鹿な子。

生まれたのはみにくいアヒルの子でどこまでも出来が悪い手のかかるような子供だったせいか
私が生まれてしばらく両親はケンカが絶えず、どこか憔悴しょうすいしきっていた。

特別頭が良いわけでも、運動が出来るわけでもない。何かに秀でた才能もない。
どこか冷めてて、ドキッと確信をつくようなことを言うかわいげが無くて
器量も良くない、手先も不器用とないないづくしの一人娘。
やっと生まれた子供がこんな子なら私なら悲鳴をあげて海に放り投げるかも
なんて……いつだったかぼんやり考えたことがあった。

そんな私でも、人並以上の幸せを与えてくれて平均以上に手間や愛情をかけてくれる親には感謝している。
普通に愛してもいる。でも時々ちょっぴり憎くてたまらない。
自分が病弱に生まれたことも、効果はほとんどなかったけどやりたくもなかった事をさせて
少しはマシな人間にさせようとしたり、逃げ出したくてたまらなくても逃げるなと言い続けたこととか。

逃げるのは甘えという言葉が深い傷跡を残している。
日本に居た頃も、アメリカに渡った時も馴染めなくていじめられても逃げ出せなかった。
逃げるのは甘えだし、世の中にはもっと苦しい人たちがいると言われたら何にも言い返せなくて。
だって私には両親こそが完璧な存在で、私の手本とすべき人達だったから。

両親は世間的に見ると勝ち組のような人生を歩んできたような人たちだから
私みたいに惨敗続きの14年なんか考えつかないだろうね。

だからこそ、私は物心つく頃からマシになれるような方法を実践してきた。
マイナスな内面を押しかくし、なるべく笑顔で良い子でいれるように努力してきた。
今更両親のような勝ち組人生ルートなんて馬鹿げているからなれるなんて思わないけど
少しでも自慢できるような、人に紹介しても恥ずかしくないような気持ちにさせてあげたかった。

そうやって自分の本音を隠して、誤魔化して、その場をつくろって
やがて自分ってなんだろうなんて思い始めた。
そこに少し恐怖も感じながら、でも今更辞めるなんて選択肢は思いつかずに
ひたすら良い人を意識してきた。

でも、時々出てしまう。悪い子が。家でも外でも怒るという行為になれていないせいか
怒りが爆発すると、自分でもどうすればいいのか分からなかった。
人をズタズタにするような言葉が止まらなくて、そうして怖がられて自己嫌悪してひとりぼっちになっちゃう。

だから私が何かをさらけ出す時は、縁が切れてしまう覚悟を持っていた。
そしてあの時……よく考えれば雲雀さんの前で少し切れ気味になった時…そうあの瞬間。
これで雲雀さんが私に背を向けたり軽蔑けいべつするならそれでもいいって
そうされても仕方が無いなって思ったの……だって私は良い子のふりをした悪い子だから。

ゆっくりとベッドから起き上がってスマホをポケットに突っ込みながら
昨日助けてもらったのにお礼がまだだったとか、泊めてくれることに感謝の言葉を言わなきゃ……と
なかば義務的かつ律儀な自分が急かすまま、気だるく部屋を出る。

………
……

「あっ雲雀さん。ここに居たんだ」

独り言のように呟いたが少年にも聞こえていたのか
読書をしていた彼は本を置いて顔をあげ、こちらを確認するとまっすぐ向かってきた。

そのまっすぐな瞳と大きな歩幅で向かってくる彼に
某ホラーゲームの青い鬼が向かってくるかの如く
なんだか少し逃げられない恐怖イベントみたいにビビり出すヘタレな私。
表面では小さく苦笑しながら平静を装って、どうにかのどの奥からおはようございますとしぼり出した。


あばれ回る心臓を落ち着かせるように胸に手をおいて深呼吸し
数歩手前でとまってこちらをうかがう彼に改めて泊めて貰った礼などを述べる。

「別に……君がその辺を徘徊はいかいされる方が並盛の治安にも悪いし」

わっ…私って彼にとってどういう存在なんだろう?この言葉だけだとまるで変質者っぽいな。
脳内でぼんやりと私のニヤケ顔がでかでかとプリントされ
この女に注意!!と書かれた張り紙を思い浮かべて空しくなった。
――やめよう、変質者が似合いすぎて困る。

冷や汗をかきつつ、困ったような笑みを浮かべた。

「雲雀さんは寝れましたか?」

「うん?――僕の家なんだから当然」

「あっえっと、あっあ〜、そっそうですよね!?」

落ち着け〜私!!これじゃあますます変質者じゃない!?

ふぅっと息をついて、昨日助けてもらったことの礼を述べようとすると
日曜日なのに彼は制服をつけていることに疑問がわいた。
ツッコんでみると、どうやらこれから並盛の街に繰り出すらしい。
凄いな……JK(女子高生)が休日にもわざわざ制服つけて歩く感じなのかな?

一部の服に無頓着むとんちゃくな人からしたら制服っていう制度は
着る服を考える手間がはぶけて楽だと聞いたことがあるが雲雀さんもそういうタイプ?

私なんか窮屈だから、極力制服なんてつけたくないんだけどなぁと心の中で冷ややかになる。
多分彼は服にも人にも無頓着だろうし、なんなら好き好んでこの服着てそう。

面倒くさそうだと私の顔に出ていたのか、少年が少しムッとした顔で補足して
これから並盛中で補修があるらしく、補修にきた奴を咬み殺しにいくのもついでだと語った。

なんなの、そのついでは!?
しかも心なしか日曜日も中学にいけるうれしさだろうか……この人ルンルン浮かれ気味だし。
どんだけ並盛クラスタなんだと若干呆れてしまった。

咬み殺しにいくの口実で本当は行きたいだけじゃ。
そう思ったが口には出さなかった。そう、弱者は安易に口をすべらせたりはしない。

「君もくるかい?」

「えっ……私ですか…?」

でも並中の生徒じゃないし……ましてや並盛中の制服なんて持ってないけど。

「君の制服くらいすぐ用意させるよ」

「いや、サイズ!!見てサイズ!!」

用意させるという言葉に見え隠れする絶対的権力に怯えながら
間髪入れずに否定しまくる私に雲雀は下から上までしばらく見つめて
数秒間をおいて、先ほどよりやや言葉をにごしつつも何とか用意する、と苦しそうにフォローをいれてくれた。

「いや、優しいけど…なんでさっきより若干自信なさげなんですか!?
分かりますよ!?――理由は十中八九分かっては居るけれども…!!」

くぅっと苦い顔でシワシワになったピカチュ○みたいな顔でしょげていると
意外と空気を読んだのか、絶妙な優しさを見せてくる少年。

「君は、自分に少しは自信を持てば?」

ここまでくると哀れを通り越してショートコント『自虐』だよと
ボケたのか真面目な顔でつげる雲雀さんに少し笑えた。

「ふっぐふっ…いやっだって私になってみれば分かりますよ。
こんなダメダメづくしの人生ですから…自信の一つも二つもなくしまくりですって」

容姿も良くないし、頭も悪いし、運動もダメで…と指折り数えながら説明した。
なんだか少しだけ悲しくなって顔をあげられずに居ると不意に視界が暗くなる。

えっ、と顔をあげると綺麗な雲雀の顔がどアップで思わず心臓がドキリとはねた。

「君は……自分が思っているよりも悪くないよ」

「えっと……でも」

真っ赤な顔で慌てて否定しようとした私の唇に、白くて長い綺麗な指先がシーとフタをする。

「僕が間違ってるって言うのかい?」

やばい、心臓が……バクバクうるさい。
顔から火が出そうな程真っ赤な顔で口をパクパクさせていると
指先を離した雲雀がフッと[#ruby=妖艶_ようえん#]に念を押すように怪しげな微笑を浮かべた。 Page Top Page Top