「笑わない……多分」

多分だと困るなぁ、さらに心えぐられるなぁと苦笑するも
ぽつりぽつりとあまり言わない本音を語り出した。
マゾっていう表現はあながち間違いではないけど、そのポジションで今後絡まれるのも困ったから。

「笑顔でいれば人に好かれると思いませんか?」

ハンバーグをこねたまま視線を上げられずにかわいた笑いで誤魔化すも
少年が不思議そうになんで好かれたいの?と呟くのを無視して続ける。

「私ね、良いところないんです。なんて言うか…使えない子っていうか。
勉強もスポーツも出来ないし、器量もよくない。何か秀でた才能もない。
昔はすごく身体も弱くて、両親にいっぱい迷惑かけるような手間のかかる子でした。
後、ちょっぴりこんな私なのでいじめられたりも何度かあって………」

なるべくしめっぽくならないように、極めて明るい声を保ったままポツポツ語り出すも
自分以外の声がないシーンとした家なので、余計に気まずさを感じる。
それを振り払うように、強引に笑える方向に持っていこうと笑顔を崩さずに続けた。

「虐められるような対象に居た自分が嫌いで、自信もあんまりもてなくて
どうすれば人に迷惑かけないかなーとか好かれるかって考えた時に
笑顔って一番の武器かなーって思ったんです。
笑顔でいれば少なくとも、敵対されることはないでしょ?
本当は私だって、今日の昼間かなりイライラしてました……そこはちょっと反省かな。
でも私みたいな弱者はただ腰を低くしていた方が安全ですし
人からの印象も崩さないので、上手くいくような気がするんです♪」

なるべく理性的な人間でいたい、と苦笑する私に雲雀さんは少しだけ考えて
否定の言葉で返した。

「でも、人から舐められないの?」

「ああ~!!それはしょっちゅうですよ?
腰が低いイコール何をしても言い返してこないヘタレって勘違いする人も多いですし……。
まぁ、それはあながち嘘ではないですけどね~。
でも私ホントは意外と短気なので心の中では怒ることも多いですよ?
ただ、そういう自分もあんまり好きじゃないので変わりたいんです。」

少し言葉を句切って、考えながら言葉を足していく。

「なんていうのかな、上手く言えませんが人に優しい人になりたいのかな?
ふふっ、本当に優しい人間ならきっと怒りもわかないし、わざわざ優しい人間で居ようなんてきっと思いませんね。
そこが残念なポイントなんですね、きっと。
なので私はエセ優しくて腰の低さを装ってるだけの草食動物なのです」

ハンバーグは喋っているうちに完成した。うん!我ながら上出来だ♪
皿にのせて、少年の方を笑顔を作りながら振り返って明るい声で席につくように促す。

もうこの話はここまでにしたい。じゃなきゃこれからいかに世の中が不公平なのかとか語り出して
泣き出しそうだった。――自分が殺してきた本音がポロッと飛び出すのが怖かった。

「1個は形崩れて失敗してしまいましたが
他は意外と美味しそうにできましたよ!!
あ、でも食べてみるまで保証は出来ませんが」

席について、両の手を合わせて頂きますと明るい声を出す。
目の前に向かい合うようにして座った雲雀も少女の様子をだまってみていたが
少し間を置いて頂きますと小さい声で続けた。

その後は先ほどの重たい話題を振りきるように、明るくまるで気にしていないような素振りで
談笑だんしょうしつつ、ハンバーグとご飯を平らげた。はマシンガントークで話しかける自分とは対照的に
ひたすら聞き役で黙々と食べ進める雲雀に、思い出したようにぼんやりと
ハンバーグ以外の何かおかずも作れば良かったかなと考えたが
勝手に食材を使っていいかや、何も文句を言わずに半分ほど平らげている雲雀を見て何も言わずに食事を終えた。

その後は、率先して二人分の食器や調理器具を慣れない手つきながら洗い
普段から家事全般を母親任せにしてきたツケだなと苦笑しながら、この後はどうしようかなんて
ぼんやりと考えていた。――私の後ろでは雲雀さんは読書に集中している。

その時だった。聞き慣れたクラッシックな着信音が流れてきたのは。
ふと食事が終わった後、Twitterを弄ったりしてそのまま置いていたスマホから着信音が流れ
目の前の皿と泡だらけの手とスマホが置かれてるテーブルをパニックになりながらどうしようと呟き
チラチラ見ていると、読書していた手を止めた雲雀さんが鳴ってると小さく呟いた。

「あ、ど…どうしよう!!今手がぬれてるから出れない!!
あっあの…雲雀さんすみませんが誰から来てるかだけ教えてもらえます?」

めったに電話が来ないタイプの交友関係のせまさの自分なので
もし緊急の電話だったらどうしようと思いながら慌てて泡を落として
行儀は悪いが服に濡れた手をこすりつけて、振り返るとちょうどスマホを机から
雲雀さんが拾い上げているところだった。

「これ…なんて読むの?――よう……後は読めない」

「え……ヨウさん?そんな名前の人いたかな?」

ほら、と見せてくる雲雀さんの真後ろからのぞき込むようにスマホを見ると
見慣れた幼なじみの名前があって慌ててスマホをうばい取る。

「っヤン君だ!!そうだ!!忘れてた~!!
これ私の中国人の友人で、ヤン戮力ルーリーって読むんですよ♪
――ってそんな場合じゃねぇべ!!かんっぜんにあの約束忘れてたぁ!!」

慌てて通話ボタンを押して耳に押し当てると心配した様子の少年が電話越しで叫んでいた。

ちゃん!!何かあった?』

後ろで誰、と呟く雲雀さんを無視して電話越しだがつい癖で頭を何度も下げながら
困惑した様子で弁解する少女。

「ごごごっごめんヤン君~!!――実はある人のところで泊めて貰うことになったの!!
しかもそっちに泊まれなくなったことを伝えるの忘れてたっ!!」

『あれっそうなのか?――俺、準備して待ってたし来ないから心配した』

「ごめん~!!今度埋め合わせするからダメかな?」

『まぁ…ちゃんがそう言うなら……』

「誰、この人……」

必死に誰も居ない空間に向かって日本人の癖と言わんばかりに頭を下げながら謝罪の言葉を叫び続ける私の横から
電話の相手が気になったのか、そっと少年が近づいてささやく。

「おわっ!?けっ気配殺して立つのやめてくださいよ!!」

さっき言った私のお友達です!と電話の通話口に手をあてて少年に伝え
またスマホを耳元にあてると、少しだけ不機嫌そうな低い声がうなっていた。

『誰、その男?』

「えっうわっテンション低っ!?――えっえっとぉ、これも話すと長くなるんだけど……」

『男朋友(彼氏?)……俺、なんか邪魔したみたいだね』

「ん、待ってそれ確か中国語で彼氏って意味だよね?――ってか、えっまっ」

赤くなったり、青ざめたりしながら電話越しに叫んでいると言葉を遮るように切られてしまった。

やばい、やばいやばい。なんか勘違いされてたしめちゃくちゃ怒ってなかったかアレ!?
ってかそうだよね、現実的に考えても泊めて~って泣きついて相手に色々と準備やら気をつかわせて
待たせたあげ句にやっぱ彼氏の家にとまるわ~ってなったらそりゃ怒りますよねぇ!?

だらだら冷や汗をかいて、どうしようとスマホを持って呟き
ふとそういえばさっきからかまちょ(構って攻撃)をしていた雲雀さんが
やけに静かだな、また気配殺してんのかと思いながら振り返ると
こいつもこいつで不機嫌そうな顔で立っていた。

え、うそやん。この数秒で何があったん?――そして私また何やらかした?と
ニコ○コ動画の弾幕のように、頭の中をコンマ数秒で駆けめぐったのは言うまでも無い。
ソウダヨ、イツデモ原因ジブンダヨ。ウン、ワカッテルヨ。

「先に泊まる場所の先約……いたんだね」

あらぁ、美形って静かに怒るとさらに怖ぇわといつもの癖で
どうでもいいような感想が駆け巡る私。
しかし、いてついた空気がすぐに現実に引き戻してくる。
ダッシュで逃げようとした私をこの空気感が許してくれない。

考えろ私!この場を切り抜ける言葉を!!
浮気現場に突撃された間男よろしく、狼狽うろたえながらしどろもどろになる。
笑顔は引きつり、空気は凍てつき、目は泳ぐばかり。

「あ~、えっとですね。あの、これにはまた深い事情がありましてぇ…」

後から振り返って思う。ここですぐ本当のことを言えば良かった、と。
しかし何を思ったのかヘタレな私はなかなか事情を切り出せなかった。
実は先に先約があったんだけど、実はそれは口約束だけで泊まるつもりはなかった。
でも、泊まる場所は某芸人的に言うとリアルガチで探していました、と。

ここですでに日本語がおかしいことが分かるねみんな。
ん、あれ、私の頭もすでにおかしい?ははっ、分かってる。うん、知ってた。

乾いた笑いでその場をやり過ごそうとする私に少年が低い声で
事情?と追い打ちをかけてくるので、リアルガチに泣きたくなった。

………
……


「…という事情だったんです」

「君は、馬鹿なの?」

ずっと黙って聞いていた彼からポロッとこぼれた言葉が耳に痛いし心もえぐってくる。
胃薬欲しい。胃液がバンバン出て、きっと胃がボロボロになってると思うから!!
今の私のメンタルもだけど!!――心の中でそっと血の涙を流す。
まだ人生という試合を放棄できないけど、安西あんざい先生、もう試合終了していいですか。

大きな二重をまん丸にし、口をパクパクしていっそのこと腹話術の人形になりたかった。
出来るよきっと、普段からくるったファービーとかチャッキー扱いされてる私ならね。
あ~、誰か自分の代わりに考えてしゃべってくれないかなといい年こいて本気で思った14の夜だった。

あんまりにも狼狽える私を不憫ふびんに思ったのか、それとも本気でバカかこいつとあきれたのか
それから少年はめんどくさい、と呟いてもうねると部屋に戻っていった。
一人、広いリビングに放置されて呆然とする私。
でも、心の中では威圧感発生装置いあつかんはっせいそうちと化していた少年が消え、ちょっとホッとしてる自分もいた。


それから私も自室に戻り、どうヤン君に謝るか考えてスマホを見つめている間に
気がつくと朝になっていた。そして、目覚めてすぐヤン君からは謝罪の言葉が届いていた。 Page Top Page Top