突撃!オタクがお宅にお邪魔します!?
「あ…あの「」――っはい!?」
急に立ち止まり、名前を呼ばれて安定のびびりを見せながら見上げると
少し彼はソワソワした感じで呟いた。
「ハンバーグ作れる?」
「…え?」
彼がもう一度視線をそらしながら、小さくハンバーグと呟いて我に返ったように慌てて頷く。
「えっええっと…一応上手ではないですが作れはしますよ!?」
「そう…!なら、作ってよ」
「え…?」
「あ、僕の家着いたね」
まさに誘導尋問ならぬ、作れると言ったが最後作らざる終えない方向に持って行かれ
さらにいつの間にか大きな日本式の豪邸の前まで来ていたことに驚いた。
パクパクと金魚のようにどう言葉を発すればいいか分からずに困惑していると
視線の先で雲雀さんがしてやったりと言ったイタズラっぽい笑みを浮かべていて目眩がした。
それにしても……なんて大きな家なんだろう。
まるで時代劇のセットの…それも将軍様とかが住んでいそうなレベルの豪邸!!
横に居る少年と一緒に見やるとそれはもう
絢爛豪華と言うか、なんとも言えない
厳かな雰囲気だ。
「すごい…」
思わず
感嘆の声がもれ、
羨望のまなざしのまま視界に入る日本庭園に目を細めていると
少年はつまらなさそうに
欠伸した。
「そう?――別に普通だけど」
拝啓、お父様そしてお母様。
普通ってなんですか?誰かサルでも分かるように説明してください。
14年ほど生きてきて、ここまで普通という言葉の意味の落差に驚きつつも
これがブルジョワ(富裕層)ってやつかとただただ呼吸を忘れて呆気にとられた。
うちも医者の家庭でそこそこの暮らしはしてきたけど、これを見るとまるでネズミのお家って感じだなぁと
そっと心の中で自虐してみる。やばい、変な汗も出てきた。絶対家具には触らないように気をつけなきゃ。
それにしても、雲雀さんってお金持ちなんだろうか?――それともやはりヤのつく職業の関係者?
考えれば考えるほど不安しか出てこない。下手に足を踏み入れたが最後、生きては帰れなさそうな雰囲気だ。
こわれたブリキのおもちゃのようにギクシャクした動きで固まっていると
無視するかのように、門のカギを開けて中に入るようにうながした。
「多分、迷子になるだろうから着いてきて」
「ええっ…でっでも、まだ泊まるなんて一言も……」
「君、野宿したい?」
「すいません。お邪魔しま~す」
最後の言葉の
凄みに負けて恐る恐る足を踏み入れる。
ってかさらりと言われたけど迷子になるってどういう意味!?え、まさかそんなでかくて複雑な作りなの?
あらゆる疑問やこれからの生活に不安がわき上がってきたが、雲雀の先導に続いて日本庭園に足を踏み入れると
あらゆる感情が一瞬にして吹き飛んだ。
「わぁ……!?」
目の前の光景はまるでそう、4Kのハイビジョン動画を家電量販店の大型テレビで見た時の衝撃に似てる。
とにかく人間っていうのは、あまりにも驚きすぎると言葉がそれ以上出てこない生き物だなと思い知った。
視覚から入る情報全てが私には大きすぎるくらいの衝撃だ。
まるで時代劇のセットがそのまま飛び出したかと思うほどの豪邸。
瞳から入った映像は彩度はひかえめで儚いが、私の根底にある日本人の部分と共鳴してくるような力強さがあった。
この時ばかりは日本人に生まれて良かったと心が叫ぶような
とにかく全身を静かに震えさせるような感動のまま、これが普通と言わんばかりの雲雀さんと
信じられないと交互に見つめて、その度に新しい発見に驚かされる。
玄関へと続く砂利道を雲雀さんを追って恐る恐る続く。
確かこういうのを
枯山水というんだっけ、とぼんやり思いながら
遅れないように歩きやすい、質の良さそうな加工された砂利の上を滑るように進んで行く。
静寂の中に奥ゆかしさ溢れるわびさび、
敷石に使われている白い砂利が太陽の光を浴びてキラキラ反射し
池には色あざやかな
鯉が素晴らしい腹の模様を見せて悠々と泳いでいる。
横にはちょうど目線よりやや低い、一見粗雑に放置された大岩のようにも見えるが
微妙な配置で神秘的な雰囲気を
醸し出している組石。さらにあたりを見渡すと昔は灯りがともされたのだろうかと
想像をかき立てられるような石灯篭に圧倒させられた。
日本人なら誰もが思わず息をのむような、けれどどこか懐かしさを覚えるような景観に胸がぎゅっとなる。
小さく縮こまりキョロキョロする自分はなんてこの場に不釣り合いなんだろうかと思い知らされる。
「本当に……こんなに素敵な景色初めて見たかも」
「そう?…少し大げさだけど、喜んでくれてるなら良かった。――しばらく楽しむと良いよ」
え、しばらく?とツッコもうとしたが、綺麗という事で圧倒させられすぎて思考が追いつかなかった。
なんだかツッコむ気も失せるだけでなく、このままここでくちて死にたいとすら思えてくる。
目に映る全てが時を止めたように厳かだけど優雅で、植栽された庭木を揺らす風が
私を吹き抜けて行くことで景観に動きが出て、ようやくこの景色が現実を私と同じように
生きているのだと安心した。そのまま動かなければ絵画のようにも見える美しさだ。
そして、そんな美しい風景の一端に私が居るということも、よく考えると少し恥ずかしかった。
制服姿で…せめて美少女ならこの景色に気[#ruby=遅_おく#]れしなかったかもと後悔するも
ゆるキャラボディーを見下ろしてため息をつくしかない。後悔先に立たずとはこのことだ。
と同時に、私の視線を追うように庭を見渡す雲雀さんの横顔も凛々しく
この風景と溶け込んだ姿は、一枚の日本画のように艶やかで息をのんだ。
最初から最後まで圧倒されっぱなしの訪問だったが、玄関に入ってさらに
驚愕する。
「え、待って…ここ本当に家ですか?――え、私今違う次元に来てたりする?」
久々に感嘆以外の言葉が飛び出したかと思うと、やや突飛な発言すぎたのか
前にいた雲雀が小さく何を言っているんだという風に笑った。
あ、ありのままを話すと…まるで
老舗の旅館のような光景が広がっている。
圧倒的な経済格差と、そもそも家の格式高さというか…とにかく色々な差をさも当たり前のように見せてくる少年に
かなり目眩を覚えた。これは……人が安易に住めそうな家ではないんじゃないだろうか?
というかこの少年もだが、生活感がまるで感じられない。
しかも平然とこんな得体の知れない私を両親不在中にこんな豪勢な自宅に連れ込んでいいのかと
かなりのお坊ちゃんだろう少年の未来に
一抹の不安を覚えた。
長い廊下が眼前に続き、廊下と部屋を区切る
障子は素人が見ても高級そうなのが見て取れる。
さらに壁に所々施されているのは絶対名のある日本画家が描いたようなものばかりの芸術性の高さ。
同じ次元で生きている人とは思えないなと思いながら、とにかく何も触らないように
少年の後を気後れしつつも続いて、玄関で靴を脱いで靴下のまま進んで行った。
………
……
…
「ここが客室だから……ここで寝泊まりして」
いくつかトイレやキッチンなど重要な場所を案内された後
泊まることになる客室へと案内された。
扉の先には洋風な作りで、トイレとシャワーもついた簡素な部屋があった。
ベッドが2つほど隣合って並び、ベッドサイドには充電可能な差し込み口と
読書灯のようなライト、近くにパソコンがおけるサイズの机もある。
全て和式ばかりの部屋が続くかと思えばところどころ洋風建築な部分もあり
この客室もどうやら和式ではなく洋式のタイプらしかった。
和式の方が彼と家族的には好みらしいが、外国からの客人にはベッドの方がウケが良いとかなんとかで
和式の方は長らく使われてこなかったこともあり、この部屋で我慢してねと念を押された。
我慢というか、普段寝ている自室より広くて快適そうなのが心に刺さる。
私が一生働いた給料をはたいてもこの部屋に半年も泊まれなさそうだなと項垂れた。
昔は床に布団を敷いて寝ていたけど、今はもっぱらベッドで寝ているので
ベッド式の寝床に床じゃなくて良かった、とどこかホッとする。
色々と触らないように気をつけつつも感動していたが、すぐに我に返って
首が前方にちぎれんばかりの勢いで頭を下げまくった。
「あっあの……本当にこんなによくしてくださって有り難うございます!!
ホント、リトルグリー○メンじゃないですが…命の恩人感謝永遠にです!!
でも、なんでこんな私なんかのためにここまで良くしてくれるんですか?」
頭を上げて、チラッとしかられる子供が親の顔を伺うように見上げると
少年がまだ抱えたままの大量の買い物袋に気づいてあわてて受け取る。
彼は少し驚いたような顔をしたが、すぐ私に袋を手渡して
次の瞬間にはいつものポーカーフェイスに戻って呟いた。
「どうして……だったかな」
「へ?」
「確かに、何か理由があったはずなんだけどね……思い出せないからいいや」
「いや、そこ大事なとこでしょ!?」
思わず敬語がくずれたままでツッコむと彼は少しおかしそうに笑い出した。
「やっぱり、君はそうやって感情を出した方がいいね」
言葉に詰まりながらも、いつもの困り顔を作り開きかけた心のドアを慌てて閉じた。
なんだか少し照れくさくて困るような感覚。
私はすぐに敬語に直して愛想笑いを浮かべた。
「そうですかね?――感情的な女は嫌われませんか?」
あまり真剣な話題にしたくなくて、茶化すように呟く私に
まっすぐ視線をぶらさず少年は首を振る。
「君のそういう所が不思議だよ。――なぜいつも笑っているの?」
いつも笑ってる?にやけてるの間違いかなと伺うも真剣な表情だったので
こちらもちょっぴり真面目な顔を作って首をかしげて見せた。
これ以上この話題を議論する気はないが、彼は辞めなさそう。
「うーん、多分
癖なんですかね?あっそうだ!!ハンバーグでしたね?
せっかくお泊まりさせてもらう身ですので、ハンバーグ作りましょうか?」
強引に誤魔化してキッチンに向かうも、ずっと何か言いたそうな感じだった。
少し気まずい。私的には私について私が語るっていうのよりも
むしろ雲雀さんがなぜ私に時々気にかけてくれるのかのナゾを解明したいんだけどと困惑する。
冷蔵庫を開けると、生活感がなさげな家にしては結構食材も豊富で安心した。
雲雀さんいわくレトルトや
惣菜を買わずに常に有機野菜を使った本格的な料理をするタイプの家庭らしい。
出汁からちゃんと取って作ったりときっと手間かけてるんだろうな、と感心しつつも
ちょっぴり庶民的には意識高すぎて引くような気持ちも半々。
と同時に、うちの親なんか手抜きのオンパレードだと少し気まずくなる。
この家に来てから、彼と一緒にいる時常に感じていた劣等感を10倍濃くして飲み干すような気分でいっぱいだった。
「ハンバーグってそういう風に作るんだね」
「そうなんですよ~!!でも男子だと作り方知らない人も多いかな?」
いきなり真横からのぞき込んだ雲雀に安定のビビりを見せつつ
眉を下げて苦笑いで律儀に作り方の工程を解説していく。
最初は、興味深そうに見ていたもののだんだん飽きたのか退屈そうにしだしてきた。
退屈してたら、休んでてもらって構わないと伝えると彼は一言。
「どうせ僕は料理なんかする気ないから」とだけ呟きつつ、こちらの様子をうかがっていた。
うわぁ~、世の女性を敵に回しそうな今時珍しい
亭主関白っぽい発言~。
流石天下の雲雀さんだと心の中でツッコむも、ヘタレすぎてそうですね~としか言えない私。
誰か勇気とこの家から飛び立てる翼と現金を授けて下さい。
「そういえば、さっきの話に戻るけど……。
どうして辛い時でも笑顔なんだい?マゾなの?」
マゾの部分はちょっと気まずそうにボソッと呟かれたのが
余計にダメージがでかかった。げっと嫌悪感をあらわにしたまま首を振る。
「ええ!?違う違う!!――あー、えっと……笑いません?」