………

……



「おや……目覚めましたか?――とらわれの眠り姫♪」

キィンッと金属音が響きあう中、痛む頭を振って意識を集中させる。


「んっ………ぎゃあっ!!」

急に誰かが私の縛られてる柱の真横の壁に吹き飛ばされ、凄い音を立ててめり込んだ。

細かいちりの混じった砂煙が立つ。思わず身体を硬直させてギュッと目を閉じると
急に頭を誰かに優しくなでられたような感覚がした。それに安心し、少しだけ硬直をとく。


煙がやみ、目を開けると見慣れた少年が、まだ砂埃すなぼこりの舞う中
頭から血を流しながらフラフラと起ち上がったので息をのんだ。

「ひっ……雲雀さん!?」

え、今撫でたのは……そう考えると何だか今まで我慢していたものがこみ上げ泣きそうになるが
彼の傷ついた体に我に返ると小さく悲鳴をあげた。
鎖を何とかとこうと、乙女らしからぬ野太い声をあげて身をよじるも、全くびくともしない。

「ほらね……(アレ)はそんなカワイイものじゃないよ」

フンッといつものように余裕の笑みを浮かべて、チラリと私を見た。

前言撤回。泣かないで良かった。

つられて、骸も見る。二人の視線に居たたまれずに
アハッと鎖を解く手をとめてほほ笑むと二人とも笑いだした。

なっ……何だよ。二人が美形だからって……ちくしょう。
得意の困り顔スマイルの上に怒りマークをつけ、脳内で呪いの言葉をつぶやく。


「クフフっ………。――確かに……彼女はいささか危機感がないようですねっ!!」

そう呟いた骸は笑うのをやめると、急に雲雀に攻撃しかけて来た。
雲雀もさっきまではふらふらだったのがウソのように、突発的な攻撃も何なく交わして応戦している。

流石だな……と一瞬関心しつつも、日頃から強いと分かってた雲雀はおいといて
それを応戦している彼の強さにも目を見張る。

二人とも細い身体の……どこからそんな攻撃を繰り出せるんだ。
自分の丸い身体を一瞬見つめるも、むなしさがつのるだけなのでやめた。


お……雲雀さんが何か押してきてる………?

何かどっちが勝ってもめんどくさそうだけど、とりあえず誘拐犯パイナポーより
目つきの悪い並盛クラスタ番長が勝った方が私的わたしてきに得だと思う。

何だかどっちかにびてるみたいで嫌な女になった気がするけど
こういう状況ならお父さんもお母さんもそうしなさいと言うだろう……と無理やり納得させた。

「がっ……がんばれぇ~」怖いから小声で応援したが、二人の耳に何故か届いていたようで
二人の視線がバッとホラー並に私にそそがれたので、ひっと小さく息をのんだ。

ホラー的に言うなら、み~つけた~とでも言われそうな状態。
しかも、同時に発見されたらどんな映画のヒーローやヒロインも逃げれそうにないかも。


「ふっ……二人ともがんばれ~」と慌てて小声で付け足し、引きつった笑みを浮かべる。

その言葉をかみしめるかのように聞いた二人は、視線をお互いに戻しボソッと呟いた。

「何か複雑ですね……。さん、応援するなら僕を応援してくれません?」
「君……今の立場分かってるよね?――僕が勝たなきゃ助からないんだよ?」

呟きの割にはどちらもドスがきいているようで、聞いてるだけで倒れそう。
思わずクラッと意識を手放したくなったが、無視して鎖がほどけないなーっと誤魔化し作業に入った。

もうどっちが味方かも、今どっちを敵と認識すればよいのかも分からなくない。
私の勘だと二人とも危ない認定して警報をならしているし……。


相変わらず目の前では激しい攻防戦こうぼうせんが続いている。
視界に入る映像だけ切り取ると、年端としはもゆかぬ少年が大人顔負けのアクションを繰り広げてるなんて
それこそまるで映画の世界や大好きなアニメのようで、とても非現実的だった。

ぼうっとそこだけ切り取ると、私は関係のない世界のようにさえ思えてくる。

いつだってそう。ただ平凡に生きて来たし、どっちかというと学校でも日常でも
底辺で生きてきたような人間なわけで正直な話、助けに来てくれた雲雀さんでさえ私は日頃うとんじていた。

私の平凡を取り上げないで欲しいと願って、先行するウワサを鵜呑うのみにして彼を怖いとさえ感じていた。

それなのに、彼は私のために戦ってくれているんだ。
どんどん意識が戻った頭が覚醒していくたびに………さっきの骸の言葉も思い出してしまって苦しくなる。

『これなら雲雀恭弥が気に入る理由も分かる気がしますね』

くっと眉根まゆねを寄せて下唇を噛んだ。――視界の隅で揺れる鎖は解けそうにない。

雲雀が骸の第二波の攻撃におされて、身体を少しのけぞらせた時、鼓動がドキリと少しだけはねた。
冷や汗が背中を伝い、サァッと血の気が引いていく。

ダメだ。ダメダメ……勝ってもらわなきゃ………!!

目頭がぶわっと熱くなる。――このまま恐怖の淵に落ちてしまいそう。
いっそのこと、落ちてしまえたらどれだけ楽だろう、と妙に冷静で理性の働く脳が必死に決壊しそうな私の瞳の湖をかろうじてとめていた。

そうだよ……私のせいで雲雀さんに迷惑かけてるし、雲雀さんは私のために戦ってくれてるんだよ。

これが美少女なら涙を流して、美しい髪を振り乱して二人とも辞めてって懇願こんがんすることも
悲劇のヒロインぶって、ただ泣くだけも許されるかも知れない。

けれど、これは現実で……えない私がそんなことをしたところで
かえって邪魔になるのなんか目に見えてる。

だから……私は今できることをしなきゃ!!

「ひっ……雲雀さん!!――がんばって!!」

土煙が舞い上がる中で、私の叫びを聞いた雲雀さんと目が合った。
いつも弱気でヘタレな私しか知らない少年の一瞬だけ驚いたような顔に、私も泣きたくなるのをこらえながら
精いっぱい強気にほほ笑む。――目が合った彼もフッといつもの余裕そうな笑みを取り戻した。

「なっ……何をいまさら、そんなボロボロな身体で……なっ!?」

それは本当に一瞬だった。

長い腕をしならせて、手首のグリップを返して硬いトンファーの鉄が
骸の顔面を直撃して、彼は大きく後方の暗闇に吸い込まれていく。

「うそ……」

まるでスローモーションで人がこんなにも簡単に飛んでいくのを
どこかキレイとすら思いながら、飛び散った血しぶきのまぶしいくらいの赤で
私はハッと我に返った。弾かれたように骸が飛んで行った方の暗闇から
視線を雲雀に戻すと、肩で息をつきながらドクドクと骸の血と混じって
沢山血を流した彼が床に手をついて倒れ込んでいた。

「ひっ……雲雀さん!?――大丈夫ですか!!」

私の声が届いたのか、ゆっくりと上半身だけで私を振り返る。
頭から物凄い量の血を流していながらも、その切れ長の黒曜こくようの瞳だけは
不敵な光をたたえていた。唇は勝利に余裕そうな笑みを浮かべている。
釣られて私もなんだか泣きたくて、笑いたいような変な気分になって眉を下げた。

「ハッ……僕があんな奴に負けるわけないだろう」

「ええ……そうですよね。天下の雲雀さんですもんね」

しかし、私の笑みはすぐに悲鳴に変わる。
さっき倒された骸が起き上がり、雲雀の後ろから攻撃を仕掛けていた。
雲雀は立つのがやっとで気づいていない。

嫌だ。そんな……どうしよう!?スローモーションで骸の攻撃は雲雀の頭にむかってくる。

嫌だ……雲雀さん!!

「やめて!!!!」


『思イ、我、聞キ届ケタなり

頭が……痛くて割れそうな感覚が一瞬おこった後、独特の浮遊感が私の身体を満たしていった。
頭に誰かの言葉が入ってきた気がするけど……誰だろう。

ぼんやりとそう思いながら、ふせた瞳をあげると視界にはぶわっと炎が広がっているのが見えた。

私はグラデーションのかかった淡く揺れる炎を身体から放っていた。
辺りがぶわあっと炎に包まれていく。雲雀と骸も目を見張る中。

私は気絶しそうなほどの虹の炎のなかで、ただただ呆然ぼうぜんとしていた。

「な……にこれ」
恐怖で声がかすれる。熱い、と脳が警告しているのに
触れてる部分は全然熱さを感じない。それどころか……。

私を縛り付けた鎖が燃えて焼け落ちるように、消滅した。
そこでハッと我に返って私は急いで雲雀に近づく。
骸はずっと考えこむように、呆然と立ちつくしていたがやがて何かを思い出したかのように
ゆっくりとこちらに近づいてきた。

傷ついた少年を背に私はサッと震える身体を差し出した。

「こ……これ以上はもうやめて下さい」

後ろで雲雀のどいてよ、という声を無視しつつ震える腕を精いっぱい伸ばして
骸に静止をうながすも、彼はまるで子供が新しいおもちゃを見つけたような笑みを浮かべた。

「まさか……本当に実在するとは……」


綺麗な指先が、こちらに伸びてくる。

嫌だ、怖い。来ないで……。
丸みをおびたあごに血塗られた指先が強引にそえられる。
グイっと無理やり視線をあげさせられると、目の前の少年の美しくを描いた唇がゆっくり動くのが見えた。

「僕の瞳を見て下さい」

いっけん聞くと、熱い台詞だが……少女の大きな瞳は恐怖に歪んでいた。

まるで麻酔をしたように思考も、身体の自由も効かなくなってきて怖い。
嫌だ、何をするの……!?――頭の中は恐怖でいっぱいだったけど
後ろの少年を思うと退くことなんか出来ない。

困ったような、かといって誰を責めていいのか分からない声色こわいろで「やめて……」とこぼした。

「なっ……」

少年が驚いたように、何度もまたたきを繰り返す。
私の後ろの雲雀も、伏せた顔を起こして驚いたように目を見張っている。

「なんで……効かない」

心底驚いたようにつぶやいた彼が、炎の中でぐらりと歪んだのは次の瞬間だった。

「え……」

先に倒れたのは私ではなく少年だった。 Page Top Page Top