「ん……あれ?――ここっ……」

何だか頭がぼーっとする。その感覚は寝起きの覚醒し出した感じに近い。
思わずよだれがたれた口元をぬぐって、目をシパシパすると目の前にオドオドとした少女の姿が飛び込んできた。

「――良かった」

小さな安堵の声が聞こえ、ようやく脳が強制的に覚醒させられる。
丸い目がおっこちそうな程カッと見開かれると、目の前の少女が小さく悲鳴を上げた。
そんな少女に驚き、眉を寄せると……思い出したように叫ぶ。


「こっ……ここはどこですか?――それに、私っ!!うぅっ……」

急に動いたせいか、ずきっと頭が痛んでうずくまった。
目が光になれてくると見えるのは廃墟らしき建物と少女。それと………。


「くっ…鎖……?」

いくらお仕置き調教系のボイスCDが好きだからって、自分に生でやりたいと思う程……まだおかしくない。

いや、こんな状況でもボケられたり、そんな物聞いてニヤケるあたり、私はだいぶおかしいけど………。

ちょっと、ボケるのはやめて整理してみると……確か、帰り道で途切れた記憶………そしてこの鎖につながる。
方程式をすっ飛ばしたような難問回答に頭がこんがらがった。

あせり出すと、どんどん心臓の音がうるさくなる。そのたびに思考がバラバラに散らばって
呼吸も意識しないと止まってしまいそうな程に苦しくなった。

パニックになるのを、目の前の少女に見られているという理性だけで抑える。


常識的に考えると誘拐ゆうかいなんだろうけど、でもどうやって?

メリットより、デメリットしかない前代未聞ぜんだいみもんの誘拐……と明日のyahooニュースに出て来そうだ。

だって、ただ帰ってただけだし……黒塗りの怪しそうな車も、いかついお兄さんもいなかったし……って
もし居たとしたら……あの少年は大丈夫だろうか。

そう……最後に気を付けてねとアドバイスした………あっ。

あの少年!?目の前のあの時の少年の髪型とよく似た少女を記憶と照らし合わせ
私の顔からサーッと血の気が引いた。


――上手く言えないけど、あの少年だ。奴しかいない。

目の前で可愛らしくきょとんと小首をかしげる少女には悪いが
そのパイナポーヘアーを見るとちくしょおと怒りしかわかない。

神様はどれだけの試練をお与えになる気だ。無宗教だからって扱いひどくない?

心の中で自分を鼓舞こぶするように毒づいてみるものの、絶対に状況的にはよろしくない。

朝からアルマゲドンがあったり、大好きなアニメの再放送を見逃した挙句あげく
デブには重要な夕食というイベントを逃したぞコラ。

他にも言いたい事があるが、今はこれだけぶつけておく。

とりあえず、目の前の少女とコンタクトをこころみた。
多分、10代くらいだし……この子も、もしかしたら危ない立場かも知れない。

「あっあのぉ……何でこうなっているかよく分からないんだけれども……」

少女と少し話してみると分かったのは、この子が危ない立場どころか誘拐犯と思われる少年を崇拝すうはい
もとい、仲間らしいということ。後、二人の連れも居て……彼らは今は買い出しか何かで居ないらしい。

しかし、ここまでは分かったものの……どうして誘拐されたのかがまだ謎である。
この子も分からないっていうし、鎖の件も何度もあやまられて逆に申し訳なくなった。


「クフフ……クローム、その子は起きたようですね?」

急に、視界の反対側から現れたあの時の少年に驚く。
お前も存在を消して私の後ろから出てくるんじゃねぇよ……って言ってやりたいぜ。


クローム髑髏どくろちゃん、という可愛い顔してやけに中二ってる名前の少女も
一瞬驚いたものの、すぐに安堵の笑みを浮かべた。


「はい……。むくろさま」

……骸様ね、この子のネーミングもだいぶイカれてる。
いや……堂々と誘拐まがいな事が出来る時点で少しおかしいけど……。
今の親ってかなり大胆な名前をつけるのね。(そして、細い身体で誘拐って重かっただろうに……ご愁傷様しゅうしょうさまさまです)

それにしても……この二人って年も確か同じくらいだったはずなのに
様付けの関係って……どんだけこじらせているんだろう。
ちまたのバカップルの彼ぴっぴと、かのぴっぴの進化形……?(しかも、髪形や服装も何となくペアルックっぽいし)


現実逃避はおいといて……とりあえず、鎖をにらみつけ、身をよじって小さくうめいてみる。
流石に同年代とは言え少年(特にまだ主犯と確定してないわけでもあるしね)を睨むわけにもいかず
困ったように眉を下げながら、私は離してくれるようにお願いしてみた。

「えっと……骸さんだっけ?――ちょっと、この鎖をはずしてもらいたいなーっておも「無理です」っ……ですよねー」

ほぼ同年代なのに、思わず素敵な笑顔の気迫きはくに負けて心の中で血の涙を流す。
いや、実際に泣きたい気分だったんだけど……涙より出るのは脂汗だけで………。
――こういう所もとらわれのヒロインにはなれないと痛感する。

「えーっと、じゃあ……百歩ゆずって鎖をとかなくても良いんだけど
何で私がここに居るかだけは説明聞いてもいいですか?」


とりあえず、人身売買でも臓器売買にしても……理由は知っておきたい。
って、考えて……改めて今後についての悪いイメージが浮かんできて青ざめて来た。
平静を装おうとしても、身体はカタカタと震えて止まらなくなる。

そんな私を困ったように見つめる少女と、ニヤリと愉快そうに見つめる少年。

「骸様……」私を見かねたのか、懇願こんがんするように少女が呼びかけ
口の端をあげて傍観ぼうかんしていた少年も、少女の言葉に弾かれ、ゆっくりとうなずいた。

「クローム。――そうですね、理由くらいは話した方がよさそうですね。 さん」

「何で私の名前……?って私の名前を知ってるっていう事は……私だから誘拐したんですか?」

何それ、凄く笑えない冗談だ。私……そんな誘拐されるようなルックスも、才能も、価値もない女だぜ。
せいぜい役に立つと思うのは、極限状態で食料がなくなった状態かな……非常食として。

あ、これも考えるとむなしいわ……やめよう。

あの世界のレディーガガもボーンディスウェイ言ってたじゃん。(神様はアナタを完璧に作り出してくれたのよってね)
小さな身体で深く息をすい、一気に疑問と共に吐き出した。

「あのぉ……つかぬ事をお聞きしますが、私とあなた方って初対面ですし
……私、何か誘拐されるような事をしましたっけ?」

困り果ててたずねる。2人の少女の視線が少年にそそがれるも、少年は頭を振った。

「いいえ……。僕が個人的な理由で誘拐させていただきました♪」


個人的な理由………?クロームが不思議そうに見つめる。私もポカンとあいた口がふさがらない。

え、個人的な理由………?大事な事だから二回読者にいったぜ。
まさか……と顔が青ざめていく。


「まっまさか……デブ専「違います」ですよね~」

うぅ……そんなめっちゃ力強く否定しなくてもいいじゃないの。(ほぼ叫びに近い否定だった)
あ、今なら涙出そうです監督………。私、泣けるわ上手に……。

困り果て打ちひしがれていると、また彼は思いだしたように手のひらを打ち、可愛く人差し指を立てて付け足した。

「貴女とは初対面ではないですよ……?」

「え?」んー、でも……こんな第一印象インパクトありまくりな人なかなか忘れないと思うんだけどなぁ。

「夢で会いませんでしたか?――って言うと、どこか陳腐ちんぷでキザな口説くどき文句みたいに聞こえますが……」

パチリと、片目を閉じてウィンクをしてみせる。やたらと整った顔のせいで、凄く似合ってムカつく。

だって、夢だって……あ、私の安眠を妨害ぼうがいしたヌシ………?

今度は、ハッキリと戸惑いがちに眉間みけんにシワをよせつつ睨みあげると
心底面白そうに眼を細めた彼が、ようやく分かったかと言わんばかりに笑みを浮かべた。

「ええ……クフフ。――本当に面白い子だ。これなら雲雀恭弥が気に入る理由も分かる気がしますね」

彼の瞳が一層深くなる、パチリと指がなったのと同時に瞼が急に重くなって……。

私はまた底の見えない暗闇に意識を落とした。

……

――戦いの女神はほほ笑む。全ての争いにはさした理由はないのだと。
そこには勝者と敗者というシンプルな図式しか成り立たない。
ただ、人間ってそれだけではないのでしょう?と笑うのだ。

その言葉を代弁するように、少年が怪しく微笑んで気を失っている少女の頭をなでる。

「彼も貴女というしばりがあれば、燃えると思いませんか?」

独特な笑い声が廃墟の黒曜こくようランドに響き渡った。その声は苦しそうに瞳を閉じ
あらい息をつき悪夢にうなされる少女には届く事はない。

ああ……このまま、目覚めなければ良かった、ときっと少女は後になって後悔するのだ。
しかし、それすらも戦いの女神の喜びとなるだろう。
彼女の代わりに、少年はまたクスリと心底楽しんでいるとばかりに笑みをこぼした。 Page Top Page Top