「今日は……いない……よね?」

とっくに登校時間の過ぎた通学路。
こっそりと電柱でんちゅうの影から顔を覗かす少女がいた。
素早く左右を確認し、何度目かの安堵あんどのため息を吐いたが、そろりと右足を踏み出す。

それと、ほぼ同時であった。
聞きなれた不機嫌そうな声が、背後から直下型ちょっかがたで降ってきたのは……。

いっ……いつのまに後ろに!?――という、もうほぼ脳髄のうずいに染みついたツッコミ(中二病)を何とか飲み込みながら
私は一瞬、聞こえなかったふりをして進もうとしたが……。

「君……何してるんだい?」

やはり、見逃みのがしてくれないですよね……。

今度はゆっくり、更に不機嫌みを帯びて彼の声が釘をさす。
そのコンマ数秒でSIRENの謳い文句「どうあがいても絶望」が脳内テロップで流れたのは言うまでもない。

ぎくぅっと効果音がつく程にびくつき……少女の哀れな程小さく丸い身体が、小刻こきざみみに震え出す。
油をさし忘れたブリキのおもちゃのようにギギギギと身体ごと恐る恐る振り向くと
予想通り、不機嫌そうに眉を寄せた美形の少年のこれまた不機嫌そうな視線にぶつかった。

思わずうわずってつぶれたカエルのような悲鳴を小さくあげて、ゴキブリのようなカサカサした動きで、後ろに下がる。

「あっあっ……どうも、はい。おはようございます、雲雀さん」
あまりのドモリ具合に脳内で軽く、小林製薬かよっとツッコミむ私。

冷や汗と動機がとまらない。
着信アリの主題歌まで聞こえてきそうだった。

普段なら美少年は大好物なんだけど、彼だけはどうしても苦手だ。


しかも、彼は確か私とほぼ年が近い中学生よね?

並んでみると、かなり大人と子どものようにふつり合いだった。
私がチビ過ぎてだいぶ見上げる形となっているし、だいぶ首も痛い。
何の因果いんがか少し前から、こうしてカレと出くわす機会が増えてる気がした。

最初は、好かれてるのかしら……とボケていたものの、こうなってくると……
誰かにこの子、私の暗殺依頼されたんじゃないのか恐怖というしか感じない。

彼の人を拒絶しまくる態度と鋭い視線も相まって、私の暗殺説は濃厚になる一方だ。
ゴルゴ先輩の言葉を借りて、いいかげん……毎度気配を殺して俺の後ろに立つなって言ってやりたい。

しかし……それを言ったら、トンファーが飛んでくるから黙っていよう。

じりじりと後ろに下がると、ゴツっとした何かにぶつかった。
これは……コンクリート……だと!?
あっ……ありのままを話すぜ………コンクリに退路をたれちまったよ!!
Twitterで回ってきた西野カナのコラ画像よりも、ふるえながら涙目でななめ後ろのコンクリをにらみつける。

不意に視界が暗くなった。
世界が暗黒に包まれたのか……とボケたが、すぐに何かに太陽光をさえぎられただけだと気づく。

「え……?」

我ながらほうけた声を出しつつ、ゆっくりと視線をあげると、何を考えているか分からない無表情が思いのほか近くて………。

「うひょっ!!」

色気のない奇妙な声をあげた珍獣は、コイツ何がしたいんだと汗を滝のように流しながら見つめる。

眉を八の字に寄せて、目をザバザバ泳がせて状況をどうにか整理してみた。

これは……壁ドン!?

世の女の子の憧れであろうひじをついた壁ドン状態なのだと気づき、ぶわっと顔に熱があつまった。
思わず生きてるぜとばかりに普段より激しさを増したアグレッシブな鼓動と
あらぬラブチックな光景を想像して振りはらうように頭を振った。

さっきよりもうるさくなった鼓動は、どちらかというとパニックに近い。ラブよりホラーストーリーは突然に……な予感しかしない。

赤くなったり、時々青くなる私の姿が雲雀のキリッとした瞳にうつってなんとも滑稽こっけいだった。

後ろのコンクリがどうか壊れてくれと願いながら右手ではしきりにグーパンしつつ
震えまくり視線を泳がせていた私を見かねたのか彼がゆっくりと後ろに下がった。

フンッと鼻で笑われながら、助かったぁ……とここぞとばかりに神様を褒めちぎっていると……神はさらに試練をお与えになる。

「君はいつも遅刻か、欠席が多いみたいだね。――僕が直接迎えに行った方が良いのかい?」

私は思った。そう……一瞬、弱者という立場を忘れて「こいつ何言ってるんだよ」と………。
しかし、彼の不敵な笑みに次の瞬間にはやられながら、圧倒的弱者を実感させられる。

とりあえず、頸椎けいついを痛めそうなほど大丈夫ですと、縦にヘドバンしまくってその場を後にした。

あの時の私は気づかなかった。――私に向けた鋭い視線の正体と雲雀さんの何かにイラつくような舌打ちに……。



キーンコーンと鳴ったのは、小・中学校で聞きなれた鐘の終了の合図だった。

「きりーつ、礼!!――それでは、さようなら〜」

全員が起立してるなか、6校時の途中から寝ぼけた状態の私は、何とかふらつく身体で立ち上がった。

AK○ばりの完璧な口パクで、皆とさよならをし、クラスの解散と同時に机に突っ伏す。
すぐに、覚醒と睡眠の手前のふわふわと宙を漂うような夢見心地ゆめみごこちに襲われるのを確認し
思わず口元をゆるめながら私は意識を遠慮なく手放した。


………
……

「……さん?」

ん?――何だろう。この降ってくる優しい声は……。

さんですよね……?」

何で私の名前を……?と思ったのと同時にこれが夢の中だと理解した。
ああ……夢だからですね、了解、それではおやす……。

「面白い子ですね……」

人の言葉を遮りやがって……と笑顔で内心毒づく。

面白いのは普段から自称してるんでお願い寝かせてくれプリーズ!!ギブ ミー 睡眠!!
昨日、乙女ゲーやりすぎて眠いんですよ、私………。

そう告げると、一瞬の静寂せいじゃくが流れたのでようやくおさまったか幻聴め、と
ニヤニヤしながらまた睡眠に入ろうとした時だった。


「ねぇ……起きてくれない?」

今度は全然優しくもない、しかも聴くとなぜか悪寒おかんが走るような声が降ってきた。
と同時に私のプリティーな額にビシッと弾かれたような衝撃がくる。

「はいいいいいい!?起きてます、起きてます!!目をあけないまま起きてましたぁっ!!!!」

それを寝ている状態だと言いたげな目で見つめてくる彼。

今朝素晴らしいアルマゲドン(お迎え発言)を私にピンポイントで投下してくれた雲雀くんが
ニヤリと意地の悪そうな……いや、実際に意地は悪いだろう笑みを浮かべ……「何か?」

「何でもねぇでございまする!!」引きつったスマイルをすぐに浮かべる、立場が分かってる私。

首が引きちぎれて、飛んで行きそうな具合で左右にふる。

ただのデコピンと思われるの割には、じわじわ後を引く痛みに襲われつつ
何故、彼がここにいるのだろうか?とふと疑問が沸いた。

だって……君確か他校せい「ああ……僕は並盛圏内けんないならどこでも出入り自由だからね」

私は一瞬フリーズし、次の瞬間には少しずつ表情筋せいじゃく死滅しめつしていくのを確認する。
流石に笑えないジョークだ。

どんだけ、並盛クラスタなんだよ……と同時に、有無うむを言わさず武力行使の出入りだろうと
心の中で舌打ちを何度も繰り返した。

もうこの街に逃げ場はないと遠回しに告げられた気分だった。
外来種に生存を脅かされる絶滅危惧種ぜつめつきぐしゅの気持ちがよく分かる。(しかも、だいぶ食べごろなのも笑えない)


マジで家に帰りたい、そして一生部屋から出て来たくない……と
つい二日前も感じた気持ちが何度もハートをえぐった。


「えっ……えっと、雲雀さんは並盛が好きなんですね………」
視線を外しながら、何とか生きていた表情筋でどうにか笑みを浮かべる。

我ながら、何でこんな言葉が出てきたのか分からない。(多分、逃げ出したい恐怖心からだろう)
まぁいいか、と話のついでだし付け足した。

「ここに越してきてまだ1年立つかくらいですが……今まで暮らしてきたどんな所よりも私は馴染めてる気がします」

私の突拍子もない並盛マンセー発言に一瞬珍しく驚いたような表情を浮かべると、珍しく素直に笑みをこぼした。

「まぁ……僕の街だからね………」

これさえなければ、彼は立派な街を思う少年なんだけどなぁ……。
時々、敵しか作る気ないんじゃねーの的な強気で横暴発言さえなければ、イケメンだしだいぶ優良日本男児だ。

けど、そんなの何か彼じゃない気がする。


「そういえば……帰らないの?」

雲雀が私から視線を外すと、窓ガラスの外にチラリと視線をうつしたので思わず視線を追う。
もうすでに真っ暗になった空が、他人事みたいに窓ガラスにうつっていた。


思わず、ガタッとイスを倒しつつ立ち上がると、あせったように少年と窓を交互に見つめる。
冷や汗が今朝のアルマゲドン投下以来、ぶわっと吹き出し……身体はガクガクとゆっくり振動を始めた。

「〜!?――もう、こんな日がくれてるんですか!?――えぇっ……今何時か分かりますか?」

「ん?……多分、7時半とかじゃないかな………」

「Noooo!!やばいよ、やばいよ……再放送がふjkjdjmsoo!!!!」

最後は声にならない悲鳴をあげ、ジーザズジーザス言いながら教室をうろつく私に
雲雀は奇行種きこうしゅ(痛い奴)を見るような冷めきった視線を送っていたことは言うまでもない。


………
……


「ホントに……断って良かったのかな………」

教室のカギを閉めたり、雲雀さんの容赦ないパシリなども乗り越えた私は
すっかり冷え込んだ寒空の中、スマホのライトで道を照らしつつ帰宅中だった。

遠くで犬の遠吠えが聞こえる。それに一瞬びっくりさせんなよ、と
安定のびびりを見せつつも、強がって悪態をついてみた。

はぁー、と吐くため息が口元で白く霧状になって消える。
それにつられるように見上げた夜空は、やけに星が綺麗だった。

ここに来るずっと前の、幼少の頃過ごしていた場所ではよく見上げていた気がする。
あの時からきっと変わらずに毎夜、そこにあるはずの星屑たち。
久々に見つめたせいか、久しぶりだねとなつかしく光っている気がして、思わず目を細めた。

確か……星は田舎のような街灯もないような所でこそ綺麗に見えると聞いた事がある。
皮肉だが、今の状況もかなり暗い夜道だ。来た道を振り返れば、ぽっかりと空いた穴のように暗く
前方を見ても、スマホのライトで照らす光は心もとなくちらつくばかり。
動くたびに、その小さな光が一生懸命揺れる。

ひゅるり、と肌を刺すような冷たい冬風が私を置き去りに通り過ぎる。
それに弾かれるように小さく身震いし、スマホのバッテリーを気にしつつ、歩くスピードを少し早めた。


「はぁ………。雲雀さんが一応、危ないから送っていくって言ってくれたの……
アレ、素直に受け取れば良かったかな………?」

一人ポツリとつぶやいた言葉は、周りの静寂せいじゃくにむなしく吸い込まれる。
まるで暗闇の中で、スマホのライトに照らされながら一人芝居をしているように滑稽だ。

咳をしても一人、という言葉を思い起こされる。何かアクションを起こすと
余計に一人ぼっちを実感させられるものだと改めて感じた。

ぼっちに慣れてる私でも、一応女の子だし……時々、暗黒の王とかバカな事言ってるけど
底なしの暗闇も一人だけの世界だって恐怖でしかない。
特に普段は明るいうちにすぐ家に帰る体質なので、余計にこんなに
暗い静寂につつまれるほど遅くなってしまって後悔していた。


最近よく雲雀さん対策で通学ルートを変えていたため、近道の帰宅路は久々に通った気がする。
こちらも、地元の生徒は朝のあわただしい通学に使用したりするものの
夜は街灯もあまりなく、実は物騒らしいというウワサも相まって、帰りで使用する生徒は少ない。

身体が丈夫そうな運動部系の男子なら、たまに走っていたりもするらしいが……。
小さくうつむき、視界にうつる盛り上がった胸と
ある意味わがままボディーとも言えるお腹をポンポンと撫でて悲しくなった。

「はぁ……こんなん誰も襲わないだろうな」あ、言うんじゃなかった。むなしいわ。
それに、もしお金目的で襲われても土下座するしかできないかも………。

だって、逃げても小学生にも負けるスピードだもんな……。
あ、これも考えたら負けだ。さらにむなしい。

頭をふって、雑念をはらって帰宅する事に集中した。


――でも……何だか意外だったな。………思い出す彼の何気ない一言。

多分、あんまりにもいつも私がヘタレってるから
気をつかって言ったんだろうけど……それでも少しだけ頬が熱くなる。
こんな私でも一応……気を使ってもらってるんだなぁ……と考えると、胸がドキリとはねた。

「危ないから送って行こうだなんて……「ええ、そうした方が良かったでしょうね」……え?」

急に聞こえた声に弾かれるように、思わず左右を見渡すが誰もいない。


気のせい?――あらやだ、もう……この年でボケたかしら?

少し不気味に思うが、無視して進もうとした時だった。

急にスマホのライトが誰かの足元を照らしだす。
私がチビなので、だいぶ低い位置を照らすライトの見える範囲では顔が見えなかった。

ゆっくりと失礼だけどライトをあげると、綺麗な顔をした紫色の髪を上でまとめた少年が立っていた。
彼が怪しくクスリとほほ笑む。よく見るとオッドアイな事から純日本人ではなさそうだけど……。
彼と目があい、彼はまたニコリと笑って見せた。

あ、何かこの笑顔は今朝アルマゲドン投下した奴と同類な気がするわ。

慌てて、喉元まであがってた素敵なパイナポーヘアーですね……という言葉を飲み込んだ私。
変わりに喉から搾り出た言葉は無難な挨拶。――だが、それすらも正解か分からない。
しかし、少なくとも……この方が良いと勘はつげてる。そう、ヘタレ(弱者)の勘は伊達だてじゃない。


相変わらず人のよさそうな笑みを崩さない少年。――けれど、何故かその笑みはとても冷たい。
顔に張り付けたような不気味な笑みだった。瞳が怪しく輝いて見える。
伊達に雲雀さんをかわしていたわけではない。私の中の勘がこの人を危険とみなしている。

思わず、じりじりと後ろにすり足でバレないように少しずつ下がりながら……どうやって切り抜けようか模索もさくした。
学校に忘れ物作戦……も、この時間なら明日いけば?と言われたら、おしまいだ。

うう……来た道引き返し作戦が思いつきそうにない。


でっでも、そうだよね?――きっと、ちょっと笑顔が苦手なだけの
一般ピーポーかも知れないし、普通に通り過ぎても良いよね?

うん、その方が無難っていうか……勘だけでこんな決めつけるなんて良くないよね……?


「えっと……それでは、帰りを急いでいるので失礼します」

得意の眉をさげた笑みをうかべて、私は足早に相手の横を通り過ぎた。
少年は一瞬目を丸くすると、すぐに瞳を怪しく細めて笑みを張り付ける。

「ええ、そのようですね……」

少年の横を数歩通り過ぎると、やはり思い過ごしだったかと息を深くはいた。
危ない、被害妄想で相手を怪しい人って決めつける所だったよ。

あ……そうだ。彼にも伝えなきゃ………。

今度は、心の底から安心しきって頬を緩めながら私は振り返り彼に言った。


「ここ……今の時間帯は危ないらしいので……どうかお気をつけっ――」


あれ?こんなに地面が近かったっけ?――それに、視界がぐるりと回ったかと思うと
ぷつっと途切れて暗くなった。

それを確認した所で、私の思考も途切れる。


倒れた丸く小さい身体に、のぞき込む少年の影が落ちた。

「ええ……ご忠告感謝します。――身をもってお伝えしてくれるなんて、本当に面白いお譲さんだ」

クフフと独特の笑いをこぼし、皮肉めいた言葉が少女に届く事はなかった。 Page Top