要塞の街
「ここが……テオスディオ……」
列車の停留場から馬で一時間かからない程度の場所に街はあった。
トマの説明どおり、街ごと見上げるような高く頑丈な石壁に囲まれている。
「まるで要塞だ」
ポツリと呟いた言葉が、意外にも神田にも聴こえていたのか
珍しく同意するように頷いた。
「気味がわりぃ」
街の人に聞かれたらどうするんだと言うくらいに
潔く吐き捨てる神田に、呆れつつも羨ましかった。
街にくるまでにいくつかの民家も確認しており
子供や若者達は街に向かう私たちを少しだけ興味があるのか
こっそりと民家の影などからのぞいていた。
「やっぱ東洋人が二人だと目立つかなぁ」
先ほどの視線を思い出しながら、関所で街へと出入りする人々の列に並ぶ間
暇だったので近くのトマに尋ねれば、そうですねと少し苦笑された。
「黒の教団じたいは、多国籍の組織です。
エクソシスト様だけでなく、私の友人にも東洋のご出身の方はいます。
ただ、よほどのことがない限りはこの土地で一生を終える者が多い中
やはり自分と違う人種に出会うというのは、多くの方にとっては
とても不思議な体験でしょう」
そうだよね。まぁ……なんとなくわかってた事実だ。
けれど人からハッキリ言われるとやっぱりズーンとくるものがあるなと
二人に気づかれないように少しだけ自嘲気味な笑みを浮かべた。
私が生きていた時代にも、その土地で生まれて死んでいく人々は
少なからず存在はしていたけれど。
この世界では、それが多くの当たり前なんだろう。
きっとそれは、現代日本で生きていた私がすっかり忘れていた過去の世界史。
昔の人々は、多くがよほど理由がない限りは、生まれた土地を離れる機会や手段も
金銭的な余裕だってなかっただろうし、きっとそれで事足りていたはず。
そして外を知らず……満足な教育すら受けられなかった時代。
鳥籠から出たことがない鳥は、その不自由さにきっと気づかない。
私は現代に生きてきた。
メディア、教育を通して鳥籠の外を知っている。
多くの人々が楽に国を行き来できる自由や
どんどん海外から入ってくる嗜好品や流行。
肌、目や髪の色が異なる人々の存在を知っている。
外国からきた人々は珍しさはあれど
それだけで異質だと感じたり、排除すべきとも思わない。
少なくとも2000年代以降の日本で過ごしてきた私は思う。
けれど、ここの人々は……もっと昔の外国やそれこそ日本だって……。
教育の知識として学んだ……人類の迫害の歴史を思い出して小さく震えた。
「ここまで来て、何の収穫もなしに帰れねぇぞ。覚悟しておけ。
俺とお前は同じ東洋人だ。――そのせいで場所によって
差別や偏見がないと言えば嘘になる」
街に入る前にナーバスになってた私を励ますかと思いきや
相変わらずの塩対応にわかってるよとぶっきらぼうに返す。
「だが、これだけは言っておく。
命の重みはどんな人種だろうが変わりはねぇ。
憎まれようが、石を投げられようがそれでも俺たちは
クソみてぇな神に選ばれちまった以上は
誰もやりたくねぇような仕事をまっとうするしかないんだ」
刺すような冷たい黒曜の瞳に射抜かれ
一瞬、私の時間が止まった気がした。
その視線はまるで私を試しているかのよう。
お前にその覚悟はあるのかって。
そんなのあるわけないし、きっとこれからだって
その覚悟とやらは何度でもブレていくんだろう。
そんな結末が分かっているからこその居たたまれなさと
胃がキリキリ痛むような現実から決して逃げられないことへの抵抗に
拗ねた子供のように、目線を合わせきれず
振り切るように、強引に視線を落としてしまった。
とがらせた唇で搾りだすように、わかってるとだけ呟くのが
子供でもない、けれど大人にはまだ早い私にとっては
精一杯の背伸びだった。
トマはそんな青年と少女を見つめながら静かにため息をついた。
「お二人があまりにも美形すぎるのも目を引いてるんですけどね」
呟いた言葉はいつものように気まずい空気感を出す二人に
もちろん届くことはない。
………
……
街へ入った後は多少はジロジロと見られたものの
黒づくめで重たい黒の教団のコートを堂々と着ている神田と
行商にしては身軽すぎる露出の多いミニスカートの少女は
誰もが東洋からやってきた旅芸人か何かだと勘違いしたようだった。
思っていたよりも迫害を受けることもなく
教団が指定した宿泊所に到着したので安心して荷造りを解く。
前回は一室しか開いてないというやむを得ない事情により
神田と同室だったが……流石に教団側も年頃の男女を
一室にするわけはなかった。
頭のどこかでもしそうだったらトマの部屋に逃げようかなと考えていたので
隣同士とはいえ、一人部屋だったことに安堵する。
「明日からAKUMAの調査……そしてAKUMA狩りか」
乗り継ぎ、乗り換えで長かった列車の窮屈さと
馬にのってた疲労感ですぐにベッドに倒れ込む。
スプリングがギシッと抗議するように悲鳴をあげたが
こっちの方が叫びたいわと乾いた笑みがもれた。
翌朝、指定された時間通り目を覚まして
宿の朝食を食べた後、他のファインダーへの報告があるらしい
トマと別れて、神田と二人で馬車の停留場を目指す。
神田の意見やファインダーの調査報告をもとに
まず、外に頻繁に出没するAKUMAの退治を先に行うべきだと判断した。