すぐに任務にいかせてくるタイプのブラック企業かと思ったが
意外と命に関わることなのととが落ちしたら大変だと説明されて
基礎体力作りとまずはイノセンスの適合率を20%くらいまであげてから
任務には行くという話になった。

リナリーも適合率にかなり心配していたが一旦私のイノセンスを
ヘブラスカが保管していると言うと少しだけホッとしたようだった。
どうやらイノセンスをもっている時に、適合率が大幅に下回ると咎落ちになるとのこと。

それを聞いた私は猛烈もうれつに震えたよね。
もし逃亡するならイノセンスをおいていくべきかとよぎったが
そもそもここを出てもいくあてもない。――ここにいれば
当面の生活の保障もしてくれるしね。

そりゃあ私なりに一応迷ったし、逃げられるなら逃げて持ち前のバイタリティーでどうにか
どこかで住み込みでも働いて暮らそうかなと思ったりもしたが
結局はどこに行っても意外と人気ひとけ があるし、さらにここの施設があまりにも複雑すぎる構造で
来て一ヶ月も経たない私からすれば迷宮に近かった。
なので結局逃げられねぇやとしぶしぶ大人しく数日前から修行を開始している。

リナリーもヒマな時は必ずこんなド素人の訓練に付き合ってくれた。
その度に改めて美少女は心も綺麗ということを痛感させられる。

特にイノセンスの適合率をあげるための訓練にはことさら真剣に。
咎落ちに関しては何度も釘を刺された。

その度に不安になるのでそんなに頻繁ひんぱんにエクソシストは
咎落ちするものなのかと問い詰めた所、少し気まずそうに視線を外しながら
これは極秘なんだけどねと過去のエクソシストを実験で強引に生み出そうとした話を聞いた。
その結果、多くの被験者が咎落ちとなったらしい。

気まずい話だが、こういうことも聞けてよかったなとどこかで思っている私がいた。
なんだろうな、エクソシストになるとここでは尊敬の眼差しで見られるし
教団内どこに居ても世界を救う救世主みたいに褒めはやされて……そこだけ聞いてればかっこいいけど
でも、実際はそんなんじゃなくて……ただ"たまたま適合した昨日まで一般人"に過ぎないんだ。

そんな人に神への忠誠だとか、エクソシストとしての使命や誇りを背負わせるなんて
都合がよすぎるよね。――だからこそファインダーや化学班だって
私達をあがめることにより、使命感を与えようとしているのかも知れないし
そうやってエクソシストは偉大だって自分に暗示のように言い聞かせることにより
本当はイノセンスがたまたま適合し、それなりに訓練を受けただけの
自分とあまり変わらない"人間"であることを考えないようにしているのかも。

は初めてイノセンスを発動した時どんな気持ちだった?」

ふとリナリーに問いかけられて、あの時のことを思い出す。
あの時は……とにかく湖の底の女性がかわいそうで仕方が無かったことと
どうにか助かりたい一心でイノセンスに力を貸して欲しいと願ったと説明した。
そうと穏やかに少女は微笑んだ。
その気持ちをもう一度イノセンスとシンクロさせて欲しいとつげる。

「シンクロ率あげてーって願えばOK?」

「そっそれはストレートすぎるけど……うーん。
助けてくれてありがとうって気持ちとか、あとはイノセンスが必要と思う気持ちが
大切なんじゃないかしら?」

原型にしたイノセンスを私の手にへブラスカが近づけた。
おずおずと手を伸ばす。

「あっえっと…緊張する。あーっこほんっ。
こういう時、なんて言えばいいのかわかんないけどさ
でも、イノセンスがあって助かったし……それに」

歯切れの悪いまま、ここでウソや見栄をはったらダメだと思い
飾らない……今感じている気持ちや思いをぶつけた。

「あの女性もこれでようやく眠れるとおもうんだ」

イノセンスがこたえるように光る。
優しい光。あの後、正式に湖の亡霊は供養くようしたことを思いだす。
あの時、湖の底で見た優しい光はお前が私を彼女を救うために
導いてくれたのかな?
「イノセンスが助けてくれたから…できたんだ」

フッと薄く笑えば、イノセンスが少しだけ強く輝きを増した。

「いらないなんて願ってごめん。――ずうずうしいけど、もう一度力を貸して欲しいよ」

指先に触れた光は私の問いに答えるように光を散らした。
何度も、小さな光が散っては消えていく。
手の平で銀河が広がるように……その綺麗な光景にリナリーだけでなく
へブラスカまで驚いた顔をした。そしてイノセンスと私に手をのばす。

「すごい……。適合率が40%を超えている!!」

「急に40%超え!?」

リナリーは歓声を、私は驚きを隠せず声をあげるとへブラスカがまた続けた。

は導きのエクソシストとなるだろう」

導き?と唇で声には出さず繰り返して、誰を導くのかとか
むしろ私こそ導いてほしいよと思いつつも、それでも
イノセンスは私の命の恩人でこれからここでのパートナーとなるから
少しだけ大切に接していこうと誓った。

「これから私を導いてよ、イノセンスちゃん♪」

小さく呟いた声はリナリーとヘブラスカには聞こえてなかったけど
多分きっとイノセンスには届いたと信じたい。

………
……

「ダメだっ。もっ…もうむりぃ~」

翌日、私がまだ任務ではなく訓練中だということを聞きつけた
ピーマン……もとい神田がなぜか手伝いにきたかと思えば
それがただの嫌がらせだと気づかされる午前9時。

なんでも体力作りを手伝ってくれるそうだがそれにしても
最初からこの人飛ばしすぎている。
なに素人に本気になってんだよと言いたいが
確かに神田の言うように体力がないとイノセンスが使えても
すぐにバテるだけじゃなく、戦場で動けないイコール死ぬということは
数学テストで最高一桁をたたき出した私でも自覚している。

30分まではどうにかこうにかついてこれた。
しかも驚くなかれ!!――意外と走る速度は神田よりやや速いのよ。
学生時代、逃げ足の初速がゴキブリかよと言われたのは伊達じゃない。
しかし……ちょっとマテ茶。

流石に訓練場を20周とは聞いてない。せいぜい2,3周だと思っていたんだけど。
ここの訓練場広いし、ぐるっと1周で1キロはあるよ?おーい、みえてますかー?
どうやらあいつと私の住んでいるもしくは見えている世界線にズレがあるのか
それとも体力を作るという認識が大幅にずれているのか?

勝手にハーフマラソンのプランで行こうとするなと言いたいが
酸素が脳に回らない。心臓が破裂して口から飛び出そうだし
走ろうともがいても足が動かない、あがらない。ドラゲない。

うわごとのようにムリとぼやきながら、とうとうその場に倒れ込んだ。
神田は薄ら汗をかいて、無駄に色気を出しながらのぞき込んでくる。
長い髪が額や首に張り付いてセクシーだなとぼんやり死にかけの目で見上げれば
流石にやりすぎたかと反省したように、強引に引っ張り起こした。

「10周にしとけばよかったか」
神田が自分に言い聞かせるように呟いた言葉に
思いっきり目を見開いて否定する。

「いやいやいや!!ほぼ10キロでしょ?
こちとらウィースポーツで翌日筋肉痛になるやつよ?
10周した日なんか回復に一週間かかるわ!!」

しかも私は今まで運動系の部活すらしたことがない。(万年 帰宅部)
学校の持久走でも何人か文化部の子に負けながら
どうにか4キロを完走できたレベルだ。

神田に負けないように思いっきり走ったため、脇腹も痛い。
あんまり飛ばすなと言われたが、まさか20周も走らせる気でいるとは思わなかった。
いつまでも後ろで走って煽ってくるのでこっちも負け時と走るのをやめられない。

その結果、5キロちょっとでギブアップした。

「いくら何でも女の子相手にキツいさぁ~」

不意に訓練場の入り口から間延びした若い男の声が聞こえてきた。
私は聞いたことがない声だし、恐らく神田に話しかけたんだろう。

知り合いかと聞けば神田は思いっきり苦虫をかみ潰したような
なんとも言えない表情で男をにらんでいた。

あ、これは触れていけない関係だったかしらと考えてももう遅い。
男は人なつっこい笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。
さらに神田の綺麗な顔が不愉快だと言わんばかりに歪んでいく。

「こんな可愛い子が入ったんならコムイも教えてくれればいいのに~。
あっ、俺はラビさぁ!!――はじめまして♪」

赤毛をバンダナでとめ、片目には黒い眼帯をつけた青年が
綺麗な白い歯を見せ、ニコリと人の良さそうな笑みで微笑んだ。

「あっ…どうも。―― です」

フルネームを言いおわるやいなや目の前のラビがおおっと叫ぶ。

「ワオ!!大和撫子やまとなでしこ!!!!」

ストライークと目にハートを浮かべながら詰め寄ってくるラビを
神田が訓練中なんだよと足で蹴り飛ばした。

「バカうさぎが居たら気が散んだよ」

「ユウちゃんひっどーい。せっかく俺が
手伝ってやろうとしたのにさぁ~」

「ユウ?」

「あり?――ちゃん知らないさぁ~?」

英語のYOUではなく、確実に人名として飛び出した言葉に
今までの記憶と照らし合わせても馴染みがないので首を横に振る。

そんな少女にラビはニィッといたずらっ子のように笑った後
神田を指さして、下の名前だと告げた。
マジでと思ったが、青筋を立てながら俺のファーストネームを
気軽に口にするんじゃねぇとげきおこぷんぷん丸の神田に
あ、本当なのねと納得した。

「ユウって良い名前だと思うけどね~」
「うるせぇ!!」

急に大声で怒鳴られたのでビクッとする。

「次、ファーストネームで呼びやがったら
二度と訓練手伝わねぇからな」

「は…はい」
冷や汗をかきながらラビを見ると罰が悪そうな顔でこちらに手を合わせていた。

その後、若干気まずい空気が流れたが
神田がコムイに呼ばれて訓練場を後にしたことにより
ようやく張り詰めていた緊張を解いた。

~!!悪かったさぁ~」

手を合わせてごめんと謝るラビに首を振る。

「いーよ、いーよ。――いつもおちょくってるから
イライラもたまってたんじゃないかなぁ~。
今度あったら牛乳渡してカルシウムとれよって言っとくからさ」

とジョークを言えば、ラビが目をぱちくりさせた後クスクス笑い出した。

「ハハッ。じゃあその時は俺も見届けないとさぁ~」
二人でクスクス笑いながら、何だか会ったばかりだけど
波長があいそうだなぁと安心する。

しかもその後色々とラビとストレッチをしながら話したが
年もなんと同い年だと判明した。外国人はみんな年上にしか見えないから
ラビも例外ではなく、20才くらいだと思ったとバカ正直に告げると
いつも実年齢より子供っぽく見られるから、うれしいさと
人なつっこい笑みを浮かべて喜んでいた。

ちなみにそんなラビからすれば私は16くらいにしか見えないらしい。
日本だと老け顔の部類に入るので、やっぱりアジア系って幼く見られるんだなと実感した。 Page Top Page Top