亡霊の正体
あなたは……あっ!?
海藻のように、長く揺れる赤毛とこの声は間違いなくアンナさんだ。
しかもどんどん沈んでいっている。彼女も私のように涙を浮かべながら。
アンナさん!!
心の中で叫びながら必死に手を伸ばす。
その美しい手に触れた瞬間に分かった。
彼女はあの後、この湖に飛び込んで死んだということを。
『ごめんなさい。巻き込んでごめんなさい』
きらめきが広がる。
上を見上げた。星が落っこちてきたのかと思うほどの光の線がいくつも私を包み込んでいた。
不思議と息苦しさは感じない。
アンナさんが私を湖に引きずり込んだの?
寂しかったのかな。でも、私達を引きずり込んだ言い訳にはならないよ。
心の中で呼びかけるように言葉を送った。
どうやら彼女にも伝わったようで、テレパシーのように声が帰ってくる。
『分かってるわ。だから私は何度も警告していたの。湖には来ないでと』
警告?でもそれが引きずりこむことには変わりないじゃない。
少し行きすぎた警告だとツッコむも、彼女はソレは私じゃないと否定した。
私じゃないってじゃあ誰……?
『産まれてこれなかった子』
え、アンナさん子供を身ごもったまま身投げしたの?
いや、でも彼女はきっとそういう人じゃない。
案の
定、彼女はこうなるまで知らなかった。確かに心当たりがないわけではないが
当時は彼への絶望の方が強く、まさか子供を宿しているなどと思わなかったと続けた。
そして私にはもうどうすることも出来ないのだとすすり泣く。
まっ待って!?ベイビーは生まれてこなかったのにどうして物理的に人を
しかもだいの大人の男達を引きずり込めるの!?
私を引きずり込んだ正体はどう見てもアンナさんだった。
『そう。私の姿をしているけど、アレはもう私ではない……皆が言う亡霊。
どうやら私は死ぬ時に彼を憎む気持ちも湖に落としてしまったのかも知れないの。
最近、何かの不思議な力を借りてあの子がそこに形を造ってしまった』
ごめんなさいと叫ぶアンナさんを
遮るように、光の筋を割って青白い女の腕が伸びてきた。
いつの間にかつかんでいたアンナさんの手も消えていたことに気付き、慌てて青白い腕を払いのけようとかまえる。
金切り声をあげながら、腕の向こうでアンナさんもどきが言い訳がましく叫んでいた。
『許せない!!――男は自分の欲ばかり!!』
何度か水中で猫パンチのようにもがいていたが、とうとう捕まれて息をのむ私。
腕から伝わってくるのは先ほどのアンナさんとは違う激しい憎しみの記憶。
記憶の中に移る男性はアルマンを
筆頭に、どいつもこいつもクズ揃いで吐き気がした。
アルマン、怪しげな男、金持ちになりたいとか女にモテたいなどと必死に祈りにくるここ数日引きずり込まれた男性達。
思い返せば結局アルマンはアンナを村の中では若く美しいから結婚を
迫っていただけで
本当は
貧乏をいつか脱却し、金持ちになりたくて仕方が無かった。
その矢先の城の警備として出兵。背中越しに涙をこらえるアンナをあざけるように男は薄く笑った。
城では男性不足で若い女が余っている。アルマンはアンナへの恋心より出世欲が勝った。
あわよくば自分が城の王になるために惨めな出世欲と財産目当てにあの女と結婚したものの
アンナが死んだことに激しい焦りを覚えた。
彼女がいつか化けて出てくるのが恐ろしくてたまらなかった。
そこで彼女が流行病を止めるためだとか村の繁栄を願い湖に命を捧げたのだと
ウソ八百を並べ立て、勝手に聖女扱いして自分を安心させることにした。
しかもその聖女の力がついていると村人達を戦争に駆り立てた。
最終的に数年で破産し女に捨てられ、自身も病気で苦しんで早死にすることになったが
彼は最後までアンナの死を悔いることはなかった。
そうか、それが
悔しかったのね。
きらめきの強さがまるでその子が産まれたかったと叫んでいるようだった。
その後、産まれてきたかったと強く願う子供の魂が彼を憎む強い気持ちに引き寄せられ湖の底でじっと息をひそめてきた。
いつか彼に復讐してやるのだと。たとえ何年かかっても、もうアルマンが死んだ今でもその思いだけが残っていた。
そんな時、ここ最近城から盗みに入ったと思われる怪しげな男が
追っ手を振り切る際に身軽にしたかったのか湖にいくつかいらないと城の宝物庫にあった宝を投げた。
その中に、あの指輪があったのね。
流れてくる記憶の中で、アンナさんの髪のように燃える石が煌めいて湖に落ちるのが見えた。
それが湖に星を降らせたような状態を作っている。
そしてそれが産まれてくるはずだった子供と共鳴した。
まさか、アレがイノセンスとやらで赤ちゃんがその適合者だったっていうパターン?
アレン達の言葉を思い出しながら、なんつー確率だよと焦る。
『あの子は強い思いと結びついている。――あなたの帰りたい気持ちにも反応したみたい』
だから湖に引きずり込んだと?――なんという理不尽。
しかも欲深い男性を記憶の中で全員アルマンだと罵っていた。
思いだけしか残っていないので、正確な判断も出来ていないのだ。
このままだと私の後にアレン達も引きずり込まれかねないと慌てて亡霊を説得する。
アルマンは死んだの!!しかも安心してめちゃくちゃ
悲惨な結末だったから!!
『アルマン……アルマン憎い!!』
おれの、おれの、俺の話をきけ~。5分だけでもいい~。
泣きたいちゃん。しかしめげない。
あんたの憎い気持ちより、こっちの帰りたい気持ちの方が上じゃボケ~!!
アンナを掴もうとして光の奥に手を伸ばす。何かが指に触れた。
それは指をするっとすり抜け、手の中に収まる。
その瞬間、アンナとは違った別のかなり幼い声がすぐ近くで聞こえてきた。
『かえれないの?――かわいそう』
もしかして、アンナさんの子供の声?
先ほどまでアルマンを憎いと
罵っていた思いと別に、純粋
無垢な魂の温かみを感じた。
『うまれてきたかったの。だからこれもってたよ。
でもね、あなたはおうちかえれないんでしょ?パパとママきっとしんぱいしてるね』
最初のアンナさんのような優しい声。
『ねぇ、これもらう?』
これ?――手の平に熱を感じた。
それはまるで帰りたいと願う私に
共鳴しているかのようだった。
この湖の不思議な力を私にくれるというのだろうか?
何でも願い事が叶うのかと問えば、それは誰かが勝手に考えたことだと幼い声に笑われた。
恥ずかしくて、
唸っているとアンナさんがその幼い声を包んではにかむ。
『受け取って下さい。これがなくなれば、私だけでもアレを押さえられます』
わかっ…うわ!?ゴボゴボ、すごい勢いで何かに引き上げられる。
急に息苦しさが戻ってきた。――お腹をみると何かにがっちりホールドされている。
そのまま私はマグロみたいに引き上げられた。
「!!--大丈夫ですか!?」
慌てているアレンの声が酸素が足りずボーッとした頭に聞こえてきた。
何度かまばたきをし、アレンを見やるとすっごい腕が伸びている。
しかも何か堅い…え、何これ……?
「うぎゃあああターミネータァアア!!」
暴れる私に呆れるアレン。
「落ち着いて下さい!!こっこれが僕のイノセンスなんです!!」
「めんどくせぇ」
「あっあら、そうなの?――ってかそこ!!舌打ち聞こえたぞボケ!!」
陸に上がったら勝負じゃ!!こちとらリクガメの異名を持つぜとエアーボクシングで
威嚇していると
私を何か影が取り囲んだ。
「イノセンス、エクソシスト!!」
「ひゃひゃっ、殺セ!!」
げっ、いつぞやのゴールデンなんちゃら!?ちゃうわ、えっとあ……AKUMAだ!!
しかも私からまず仕留めようと向かってくる。
アレンは私を掴んだまま、慌てて水上から引き寄せようとしたが間に合うか分からない。
ミサイルのようなものが飛んできて、パニックになった私は思わず手の平の指輪に願っていた。
あいつらをどうにかする力と、ついでに家まで帰れるオズのルビーの靴を下さいと。