「どっどうですかさーん!!」

「どうもこうもないわ!!めちゃくちゃ怖いしか感想でてこねぇよ!!」

キレながら振り返ると、やや後ろの方で木の陰に隠れながらアレンが苦笑し
神田が仏頂面ぶっちょうづらで舌打ちするのが目に入り、ため息をつく。

現在、あの湖の前にいる。というか途中まで連行されて湖の近くまできたら放り出されたよね。
何かあったら駆けつけますからと言われたものの、恐怖ですくむ足はあいつらへの不信感でいっぱいだ。
駆けつける前に湖にスポーン吸い込まれたら責任とるのかよと内心ごちるも、とにかく行くしか無い。

だって、あの二人と今行動してんだもん。逆らったら置いてかれそうじゃん?
それに宿代とか負担してもらってるしね……義理堅いのよ意外と。

「うーん。それにしても何もないけどなぁ」

もうすっかり夜になり、月明かりに照らされた湖はほのかに水面が輝いている。
あたりは静けさに包まれ、自分の吐く吐息と後ろでがんばれと急かすようなアレン達の声が時々聞こえる程度だ。

「おーい湖の女の人~。いるのいないの~?」

ゆっくりと水面に近づいて叫ぶも、無反応。

「照れないで早く出ておいでよ」
ということで思い切ってネット声劇で鍛えた男声で結構女子に大人気だったとろけるような甘い言葉をはいてみた。
うん。我ながらキモいね。だから外でやんなかったのエライデショ♪

「はぁ…タイミングが悪かったのかなんもな「……嫌い」―え?」

自分の呟きを遮るかのように聞こえた女の声にビクッとするも、私以外の女なんていない。
まさかと水面を覗くと、ぶくぶくと泡が立ち中から勢いよく青白い腕が私の足首を掴んできた。

「ぎゃああああっで出たぁああ!?」

アレン達を慌ててヘルプ、今こそヘルプだと慌てて振り返るも奴らなんか話し込んで……というかもめてないかアレ?
とにかく二人でキャッキャうふふしててこっちを一秒も見ようとしてない!!

「あああっタンマ!!じゃないっえーっとシッダウン!!あれ?えーハウス!!ちょっとなんできかない…あっこれ犬か!!」

パニックになりすぎてアレン達とも普通に会話していたことを忘れて
なんとか英語をひねり出そうと頭を回転させるも、女は赤毛を水面に浮かべ目だけでジトッとこちらを睨み付け
爪が伸び、が絡まったような長い指先はギリリッと私の赤ちゃんよりもやわやわな足首を掴んで離さない。

「ああああああっストップ!!す・と・っ・ぷ!!」

やっとアレン達が私の絶叫に気づき、慌てて走りよってくる。
それをブンブンと足首を振りながら身体をひねりまくった視界の端で捉えた時にはもう遅かった。
もう一つの腕が水面から出てきたかと思うと、あっという間に私を冷たい湖の中に引きずり込んだ。

湖に引きずり込まれ、アレン達の絶叫が後ろの方でぼやけたように響くのを聞きながら
私は恐怖でつぶった瞳をなんとか足首を掴んだ腕を引き剥がさなきゃとパニックになりながら開いた。

肌を伝わる水温は最初は冷たく、だが妙なことにどんどんと奥に引き込まれていくにつれ妙な暖かさを覚える。
しかも奥で何かが光るのが見えたかと思えば、まるでマリンスノーのように夜空の光を閉じ込めたかのごとくきらめきが
私の身体をいっせいに包み込んだ。

私はその温かさに包まれて、故郷に帰りたかったこととかこのまま死ぬなんてあんまりだとか考えながら意識を失った。

………
……

次に目が覚めると、私は暖かな部屋の中で編み物をしていた。
あれ、なんでここに?まさか死んですぐにどっかに飛ばされたか流行りの転生したのかとだいぶ興奮していると
肩に触れたぬくもりに我に返る。

「アンナ。何を編んでいるんだい?」

優しそうな男性の声。振り返った私はなぜか笑顔を作っていた。
しかも唇からこぼれる言葉は、私だけど私では無い。

「マフラーを編んでるの。もうすぐ寒くなりそうだから」

照れたように男にはにかむ鈴の鳴るような美しい声。
ちょっちょっと待って、私いま私じゃない?これがあの前前前世か?とか思わず君の名はとか
心の中で叫びながら、男と女の会話を黙って聞き続けるしかない私。

二人はどうやら恋人のようだ。
しかも甘ったるいリア充ムードをただよわせやがって、胸焼けがしそう。
こちとら恋人居ない歴=年齢なんだぞ。もうHP残りわずかだ。
こんな空気が続いたら、やがて考えるのを辞めそうだと某アニメの言葉を思い出しながら
パチッと瞬きをした瞬間に、甘い空気が変わった。

冷たい雪がふる中、人の列が森の奥へと消えていく。
どうやら寒くなりそうだとアンナという女性(私ではない)が言っていたとおり
寒い季節が訪れたらしい。――そこまで一瞬の瞬きで飛んだことにビックリだが
もっとビックリしたのは、頬を伝う涙の温かさと喉の奥から漏らした言葉だった。

「行かないで…アルマン、お願い」

周りの女性や子供達もよく見ると男性の列を見送りながら涙している。
これは、徴兵でもされたのだろうか?

私の質問に答えるかのように、いいタイミングで老婆がアンナを励ましてきた。

「大丈夫。城の警備は2ヶ月もすれば帰ってこれるからね」

これは私達の村の男の勤めだとか、なんでも城で男性を中心とした流行病により警備兵が次々と倒れているらしいことを語った。
アンナ……いや、感覚は私だからなにかが妙なんだけど、分かってますと涙をこらえようと必死にまぶたをこすっている。

「でも、なんだかまるで彼が遠くに行ってしまうような気がしたの」

アンナの心のざわめき、不安が私にも伝わってくる。
一言で表すならとても切ない気持ちに近い。私にはどうすることも出来ない。
彼が無事で戻ってくることを願うくらいしか自分には出来ない無力さがこみ上げてくる。

「アルマン、愛した人……どうか無事に帰ってきて」

涙でかすむ視界の中、ハッキリとした意識の私はおいおいと猛烈につっこんだ。
なぜならこの人、フラグ立てまくりだからだ。
戦争映画でも故郷の恋人や家族の写真なんか見せて生きて帰るなんて言えば確実に死ぬルートに繋がるぞ。

お願いします神様。今目の前で見ているアンナさんとアルマンさんが良い結末を迎えさせて下さい。
じゃないと死ぬ前の夢にしては本当に後味が悪すぎて死んでも死にきれない。

私のフラグ読みが当たったのか、次に瞬きをした時には冷たい墓標ぼひょうと言うには簡素な木の枝を結んだ十字架だけの墓が目に飛び込んだ。
周りにも似たような墓が多数並んでいる。そのどれもが比較的新しいところからここは最近一斉に作られたことが分かった。

思い出したのは、森の奥に消えていった男達の列。
城の警備で何かあったのかと苦い気持ちになる。

ウソでしょ。最悪じゃんと思ったのもつかの間――案の定泣き崩れるアンナさん。
どうやらアルマンは二ヶ月の期間を過ぎても帰ってこず、便りを送っても返事がないので
流行病にでもかかって死んでしまったのではと嘆いていた。

村の男たちも半分以上がその病によって亡くなって死体となって帰ってきたとのこと。
帰ってきた男達にアルマンはどうしたかと聞くと、男達は口々に口をつぐみ、妙な目配せをした。
そして一様にアルマンのことは忘れた方がいいと同情のまなざしを向けてきた。

そっか、やっぱり死んじゃったのかと確信する私とは裏腹に……私に伝わってくる彼女の思いは違った。
きっと彼は生きているという願いにも似た思い。頬を滑り落ちた雫がアンナの指先に煌めく何かに反射した。
それはまるで彼女の髪のように燃える石がはめこまれたリング。
薬指で輝くそれは、私に何か訴えかけるような美しさを秘めていた。
彼から贈られたものなのだろうか。冷たい石に柔らかなキスを落とし、彼女はなんと城に向かうことを決意しだした。

………
……

次の瞬きから目を開けると、女の罵声ばせいと男のあざけりが飛び込んできた。
ふらつき、涙でぼやけた視界。倒れ込みそうな脱力感に追い打ちをかけるような罵声の数々。

「こんなところまで来やがって、面倒な女だ」
「アンタがアンナね!!――アルマンはもう私の夫なのよ今更出しゃばらないで!!」

サーッと血の気が引いていく。そんな私に対してアンナの心はその髪のように激しい炎のようだった。

「どうして?――私のことを愛していると言ったじゃない!!」

いつもどこか大人しそうな彼女とは違う。その剣幕に押されながらも、女の手前か男は格好をつけるように鼻で笑った。

くっそ、アルマン……クズ男だったのか!!こいつのドヤ顔が壮絶に腹立つ。
アンナ早くこいつを殴ったれと思うがアンナを渦巻く感情は私の怒りだけの激しさとは違う。

生きてて良かったという安心。そして強い不安。彼と仲睦なかむつまじく寄り添う美しいドレスをきた女性は誰?という疑問。
彼もそんな女性の派手な服とおそろいの今まで質素だったのがまるで人が変わってしまったかのように着飾っている。

「この指輪だって、アナタが代々家に伝わる結婚指輪だって……旅立つあの日にくれたでしょ?
生きて帰ってきたら、結婚しようと誓って……あっ!!」

「そっそんなことがあったかな?」

奪うようにリングを抜き取り、それを真横の女に付け替えた。
「お前のような化粧気のない田舎娘には似合わない。彼女が身につけてこそ先祖もきっと喜ぶ」

何こいつ決まったみたいな顔してんだ、SNSに晒すぞコラと内心ぶち切れるも
この言葉が決定打となったのかアンナはヨロヨロと倒れ込んだ。

アンナさん……可哀想。と思ったのもつかの間、今までのアンナの記憶がバーッと私になだれ込んでくる。
しかも一瞬一瞬の感情まで鮮明に流れ込んできて、乗り物酔いに似た気持ち悪さを覚えた。

ううっ、なんで死ぬ前に見る夢がこんな夢なんだ……くそ。
だんだんと耳鳴りとか激しい頭痛までしてきたので、また私は意識を手放した。

………
……

ゴボゴボ。冷たい水の感触が戻ってくる。
あ、まだ死んでなくて溺れてる最中だったんだとぼんやり思った。
水の中にいても、涙が溢れるのが分かる。くそっ、悔しい。帰りたかったなぁお家に。

『ごめんなさい』

え?光の中から柔らかく、そしてどこか悲しげな笑みを浮かべた美しい女性が出てきた。 Page Top Page Top