!?


神田の言うとおり、外に出ると周囲のあちこちからざわめきがあがっていた。
取り乱したように発狂する男性の周りにはわずかばかりの人だかりが囲み
他の人々も何事かと家から飛び出して見守っている。

「でたんだ!!――亡霊がっ」

男は髪を振り乱し、しきりに同じようなことを繰り返し狂乱している。
その様子にアレンは慌てて駆け寄った。その姿にチッと舌打ちしつつも
イノセンスに繋がる(湖関連)と踏んだのか神田もしぶしぶ近寄る。

私もおいてかれるのがいやだったので、ちゃっかり追いかけた。

「あの・・・・・・大丈夫ですか?」

気遣うようにアレンが声をかける。その後ろに仏頂面の神田
その後ろからひょこっとが顔をのぞかせて男の様子をうかがった。

周囲の住民が取り合ってくれなかったせいか
アレンの問いにカッと目を見開いて男が真剣な面持ちで詰め寄る。

「あっ…あんたは信じてくれるのか!?――俺たちは湖の亡霊に襲われたんだ!!」
「うわっ!?お………落ち着いてください!!……何があったんですか?」

男はだいたい40代くらいだろうか、薄汚れた髪を後ろで乱雑に束ね
住民の服よりも汚れてのびきった……まるで何年も着替えていないような服装で
興奮してるからか、この人の元々の癖かは分からないが……
とにかく日本人がどん引き(少なくとも私は)するほどのオーバーリアクションで息巻いている。

よく見るとわずかに男の服が湿っていることに気づいた。
やはり男は妄言ではなく本当に湖に接近したことが分かった。
そのことにどうやらアレンと神田も気づいたらしく、なんとも言えないような表情で一瞬アイコンタクトを取ると
もう一度、私たちはお互いの認識を確認するかのように顔を見合った。

しかし引っかかることがいくつか残る。
なぜ彼はわざわざ問題になっている湖に近づいたのか?そして、"俺たち"とはどういう意味だろう?
男の風貌から決めつけるのはよくないが怪しいことに違いはなく
目の前の神田なんかいつでも斬りかかれるように刀に手をかけている。

その様子にアレンは気づくと、アレン自身も疑念を抱いているかのような少し緊張した面持ちで
神田に目だけで武器を使用しないようにアイコンタクトを送った。
すぐにアレンは機転を利かせ、男に疑われないように話を引き出そうと交渉にとりかかる。

「とにかく、ここでは村の人たちの目も気になるので………僕らが泊まっている宿までご同行できますか?
湖について詳しく話を聞きたいので!!」

そして、半ば引きずるように男を宿に連行した。

………
……

「それで、何があったか落ちついて説明してくれますか?」

尋問のように椅子に男を座らせ、少年少女がそれを囲むように立つ。
アレンが気を利かせて白湯を手渡すと男がまだ震えたまま、ゆっくりと白湯を飲みながら一息はいた。

「お………俺はジョージだ。――俺は見ての通りホームレスみてぇなもんで……
いつもあの湖にはホームレス仲間のバリーと魚なんかを捕まえにいってたんだ。
あの周りには食べられる野草もいくつかあるしな」

男が落ち着かない様子で視線を落とす。
恐らく私たちの『なぜこんな時期に行ったのか』という呆れにも似た疑念を抱いた視線にあてられたからだろう。

「確かにあんたらの言いたいことは分かってるさ。俺らだって命は惜しいからな。
だが俺とバリーは最初はあんな都市伝説なんか信じてなかったんだ!!
俺たちは村でもつまはじきもん同士で、噂が出始めてからだってあの湖の近くの森に小さな小屋を建てて住んでたくらいだからな」

「え………ってことは今日まで住んでたんですか?あの近くで?」

「あ……あぁ。――いやっ、正確にはつい先日の婆さんがやられるまでだがな。
俺たちは必要な時以外はあまりここに帰らなかったこともあって
まさかあんな噂がたってるなんて知らなかったんだよ!!」

男がぎゅっと胸の前で噛みしめるように拳を握る。
その表情は後悔の念に苛まれているかのように苦痛な面持ちに歪んでいた。

「それで…湖の亡霊が出たんですか?」

確信をつくように恐る恐る問いかけたアレンの言葉に
男はカッと目を見開いて、思い出したかのようにまくしたてる。
それに少女はヒッと息をのんで、神田の後ろに隠れた。

「そっ、そうだった!!俺は見たんだ!!
湖から女の声がして、近づいた時に…はっきりと女が現れるのをこの目で見た!!
最初はてっきり溺れているのかと思って近づいたが…女はこっちを見て何か叫んでいた」

恐怖で震えながら、ゆっくりと男が語った。

湖から出てきた女が、バリーを引きずり込んでしまったことを。
しかしホームレスとは言え、だいの男を女一人で湖に引きずり込めるだろうか?
というか、まず湖から女が現れること自体が現実離れしている。

どこの金の斧、銀の斧か…と心の中で皮肉るも神田とアレンはイノセンスが関係しているのかと
真剣な顔でゴニョゴニョ相談しているのでは何も言えなかった。
現代医学が発展した世の日本で生きてきた私からすると
この世界のイノセンスの奇怪というのは全て非科学的で、奇妙でついていけなかった。

神田とアレンは少し話し込んでいたが、やがて意を決したかのような
緊張した面持ちで、頷きあった。

あ、なんか悪い予感がする。ちゃんのセンサーが反応してる。

「ジョージさん。今から湖に行きましょう!!」

ほら!!やっぱりキター!!いやいや、なぜそうなる!?
バカなの!?――台風の海にわざわざ近づく奴らと同レベルじゃん!!
いくら作り話ぽい話だとしても、私ならこんな話題がなうの時に
絶対に近づきたくないんだけど!?

私以上にジョージさんはもっと驚愕の声をあげていた。

「こっこっちは命からがら逃げてきたっていうのに…なぜまた行かないといけねぇんだ!?」

ジョージさんは俺をバリーと同じように殺す気かと叫んで怯えている。
それに困ったように慌ててフォローするアレンと面倒くさそうに舌打ちする神田。

私は黙ってやりとりを見つめていたが、確かにジョージさんの言うとおりだと思ったし
この二人の少年達のAKUMAバスター事件(出会った当初)の所業も思い出し
この二人こそがある意味で悪魔ではとすら不安になりつつあった。

アレンはどんな状況で湖から女が出てきたか分からないから
近くにいって説明するだけでいい。後は自分達でやると説得にかかっているが
ジョージはあそこに近づくことすら今は恐怖で仕方ないと言った面持ちだった。
時折業を煮やしたように神田が刀の鞘に手をかけるがアレンが気づいて制止する。

「脅すなんてダメですよ!?――うーん、やっぱり僕たちだけで行こうかな…」

いや…だからなぜ行く!?もういいじゃん!!イノセンスの回収とやらは
別の人を派遣してその人達に頼もうぜ!!
若いのにブラック企業にこき使われたら、命すりへるだけだって!!
ちゃん肝に銘じてるもんいつも!!命だいじに!!

目で行かない方がいいとアピールしまくるも、二人は知ってか知らずかガン無視で相談している。

この二人がちょっと頭がおかしいだけなのか、それともエクソシストとやら全般が
いかれたゴーストバスターズ集団なのだろか心配になる。

私、この人達と一緒にいていいのか……。 Page Top Page Top