伝説に潜む闇
ゆっくりと体制を起こして、窓から差し込む朝の光の中で
私はゆっくりと涙をぬぐった。
何の夢見てたんだっけ?――昔の好きなアニメで死んだはずの押しキャラにあった?
ぼけーっと完全に稼働しない頭で、そういえば……と思い出したのがあの二人のこと。
二人が居たであろう場所に視線をうつすと、もう二人の姿はそこにはなかった。
あるのは、机の上に書き残したアレンと思われる几帳面そうな筆記体のメモ。
「どれどれ……英語なんて洋楽聴くくらいしかスキルないけど………あ、読めるわ」
まるで、英語の字幕がついた映画のように、文字を見ただけでどんなことが書いてあるか
母国語のように流れて来た。
「なんでもありだなぁ」
『今から生存者の女性に、神田と二人で聞き込みをしてきますね。
追伸:朝食はそちらに置いておきました』
朝から礼儀正しくて元気なアレンの声が聞こえてきそうな文章だ、と感心しつつも
私はなぜか、ちょっとだけ……どうせ何でもありな世界なら
死んだアニメの押しキャラに逢える世界の方が一億倍良かった、と
やけにリアルな朝の肌寒い空気を感じ身震いし、後悔にも似た感情で
とうに冷め切ったスープとパンを独りぼっちで頬張りながら思った。
………
「で、なんで神田はその綺麗なお顔に手形つけて帰ってきてんの?」
私がちょうど朝食を食べ終えた直後、タイミングよく二人は宿に戻ってきた。
入ってきてそうそう仏頂面の神田の頬に赤く、まるで誰かに強く平手打ちをくらったかのような
手形があったので私は腹を抱えて遠慮なく爆笑した。
――それはもう腹がよじれるほど笑い、彼が苦い顔をするたびに
その間抜けな感じと相まって余計に笑えた。
神田の後に続いて入ってきたアレンも苦笑して続ける。
「それが、聞き込みをした婦人にきつい言葉をかけてしまって
ちょっと怒らせてしまったんですよね」
「やったね。やっちゃったねピーマン(神田)よ。――傷心の女性のハートを君の手で切り裂いて~♪しちゃったんだ」
さっきの失礼すぎるほどの爆笑を棚にあげ、神田を批判する。
後半は某錬金術師のOPを口ずさんでおちょくるのも忘れない。
「僕もいくら神田がこの村の土地勘があるからってつれていくべきじゃなかった」
今回は珍しく同調して神田を批判するアレン。
その間も後ろでは真顔で神田~がいじめた~♪老人いじめた~♪とお経を唱えるような口調でおちょくる。
2人から責められ黙っていた神田もそのおちょくりに、次第に怒りに震えながら赤面させて語気を荒げた。
「チッ――知るかよ!!だいたい人が死にたてのとこに行ってスケッチするのが気味悪いぜ」
苦々しそうに吐き捨てると便所と言って、いたたまれなくなったのか神田は乱暴に部屋を後にした。
その後ろ姿に小さく言い過ぎたかなとため息をつくアレン。
少女も流石にやりすぎたかなーと反省して、気分を入れ替えるようにアレンに問いかける。
「でも確かにピーマンの言うとおりちょっとおかしいよね」
「え?ぴ、ピーマン?」
「あ、そっか。これ内心つけてた神田へのあだ名だったわ。
えっとね、名付けの意味としては世界中の子供達から嫌われて下さいという願いをこめてみました☆」
「なんですか、その悪意しかないネーミングセンス」
てへっと笑う私に呆れる少年。
ええ~、これでもだいぶ手加減してるんだけどなぁ。
若い子は分からないだろうけど少し前なんか東京で悪魔命名騒動なんてあったし
近年の日本人のネーミングセンスの一部の突出した酷さを舐めたらあかんぜよ少年。(黄熊でプーとか)
「ま、まぁ話は戻すけど……そのおばあちゃんからはスケッチしに行った理由とか聞けたの?」
「それが、さりげなくその話を振ったのですがお年のせいかボケてらして
あまり会話がかみ合わない場面が多かったんですよね。
それでまともに聞き出せずに………」
「ああ……だから神田がぶち切れてなんか失言して平手くらったのか」
「まぁ、そんな感じですね」
それにしてもほぼ成人男性の顔面をあんな手形がつくぐらい平手うちする老人って
かなりアグレッシブだな。――老人ホームで番長してそう。
脳内でまたもや失礼なことを考えつつも
確かによく人が二人も事故死とは言え死んだようなところでスケッチできるなと
少しだけ違和感と、ある意味恐怖を覚える。
「それで湖のほうには行ったりした?」
「あっ、はい!一応念のために遠くから眺めただけですが……特に何もない綺麗な場所でしたよ」
「うーん。なら手詰まりなのかな?」
そう呟いた私にアレンは少し困ったような笑みを浮かべてあまり関わるべきじゃないと諭した。
「こういうのは僕らのお仕事なので、はあまり関わらない方が安全です。
もし本当にイノセンス絡みの奇怪現象が起きているとしたら、AKUMAも関係していることも多いので
一般人であるは危ないです……」
ここまで巻き込みながらすみませんと律儀に頭を下げるアレンに慌てて首をふる。
「た、確かに……か弱い乙女はなんも出来ないし外から見守るだけなのも仕方ないって!!
――それにもうあんなグロイの見るの嫌だわ」
自分でか弱い乙女と言うかというような呆れた表情を浮かべるもすぐにアレンは
ハッと弾かれるように戻ってきた神田のただならぬ雰囲気を感じて振り返った。
「外が騒がしい――どうやらまた犠牲者が出たらしい」
ドアにもたれかかった神田の言葉に二人は静かに息をのんだ。