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目を覚ますと、まだ二人は綺麗な顔で寝ていた。少しイタズラ心がわいてくるも、油性マジックを持ってなかったので、チッと舌打ちしながら部屋を出て外の空気をすいに行こうとした。

命拾いしたな。――しかし、いつかこの悪戯を実行しよう読者さま。
そう心に誓いながら歩いていると、朝もやの中で誰かが立っている。

じぃっと思わず目をこらしていると、あちらもこちらの視線に気づいたようで、よく分からないが近づいてきた。

何だか昨日の一件と同じようにメンドクサイ匂いがするのは気のせいかな。


「こんな所で何してんの……お嬢さん?」

艶めいた低音が耳に響く。ボサボサした髪をけだるそうにかき上げながら瓶底びんぞこ眼鏡をつけた男性がフレンドリーそうにたずねてくる。

「朝のウォーキングデッド……ですかね~♪」

「デッドって……それ死んでるじゃん♪」

クスクス笑う彼に私もつられて笑った。
この子ノリいいわ。ノリが分かる子大歓迎ですアタシ。


「ここらへんは意外と物騒らしいから、女の子一人だけで出歩いちゃいけないよ♪――って……あれ?でも、彼氏も一緒だった?」

茶化すように指さされたのは、ローズクロスがバッチリ入ったぶかぶかなコート。そう、勝手にピーマン(神田)から拝借はいしゃくしてきたのだ☆



「彼氏じゃないですよー。何かそこらへんに落ちてたので拝借しました~♪」

一応、盗んだではなく落ちていたと誤魔化しておいたぜ。
しかし、あんな顔だけのDVしそうな男なんてご免だね。あいつに走るくらいならツインテールの可愛いチャイナガールに走った方がいいな。
――想像してニヤケていると、男性が苦笑しながら呟いた。


「なら……一般人か?」その瞳は呟きに反して、底の見えない眼鏡の奥で怪しく細まる。

「え?――何か?」

「いいや、何でもない。――おっ……あそこで呼んでるのお嬢さんの連れじゃない?」

彼の指さす方向に促されて頷くと、朝もやの向こうで何かが私の名前をしきりに呼んでいる。
チッと面倒くさそうに舌打ちをし、私はきびすを返して男性に手を振った。

「それでは、さようならノリの良いお兄さん!」

男性も優しく微笑む。――そして少女が朝もやの中を走っていくと、堪え切れない笑みをこぼして、怪しく呟いた。

「命拾いしたね。――お嬢さん♪……あぁ、後もしかするとそのお仲間さんもかな?」

今日は俺、機嫌が良いから表のままで居たいんだよね……と男の怪しい笑いと意味深な言葉は、彼らに届く事はなかった。



………
……

「で、ここの奇怪の原因は分かったの?」

現在は二人の任務先とやらに来ている。私の問いかけに、アレンは静かに首を振った。

「いやぁ、聞き込みはしているんですが……あそこには近づくなの一点張りでして……」

何でもここの地方では"レディ・グリーンスリーブス"と呼ばれる緑色の袖の服をきた女性が湖に男性を引きずり込む事件が多発しているらしい。今月に入って既に5人犠牲者が出ている。

あくまでも都市伝説として、この地では昔から口頭伝承で受け継がれていたものの、先月までは誰も信じていなかった。
その反動か、村人の誰もが噂を必要以上に恐れ、日が暮れる前には用事などを済ませ、立てこもっている有様だ。

普段はファインダーという調査隊?を先に現地に派遣し、確固たる確信を得てからエクソシスト(本職者)があたるらしいのだが……。

「君たち、今いる場所から近いんだから……見て来てー……って、コムイさんは人使いが荒いです」

「ふーん。――まぁ、よそ者が野次馬根性で見に行って何かあっても、村人は責任とれないしねぇ……でも、情報が分からない時に被害者が出ていたのは分かるんだけど
今は村人だーれも近づいてないんでしょう?――なぜ、今月5人も被害でてんの?」

レディ・グリーンスリーブスの話を詳しく知らずに尋ねると、神田が仏頂面で補足した。

「この地方では、緑の服は人ならざるものや死者の衣だと言われている。当然、そのグリーンスリーブスの女も二百年も昔に死んでいる」

「やっぱりレディって言うからには女ですよね、はい……続けてSAY!!」

「チッ……。――最初に死んだのはここの近くの湖でよく釣りに行く男だ。しかも底に穴の開いた小舟が発見された事から事故死と片づけられていたらしい。
二人目は湖で泳いでいた男、これも事故死と片づけられた。……三人目は湖周辺でスケッチをしていた老夫婦の男の方が犠牲になったが、女の方は傷つきながらも奇跡的に生きていたらしい。
その女の目撃談から「レディ・グリーンスリーブスキター!?みたいな……?」……チッ」

重い会話だと、ついついぶった切りたくない?(しかも、悪気はない)

神田のイラついた舌打ちと視線、アレンの困ったような笑み、それらに囲まれて真面目な顔を作る私。

「神田……早く、進めて」

「てめぇが話ぶった切ったんだろうが!!」

とうとう沸点の低いピーマンがブチ切れた。佐村河○の物まねでえ?え?聞こえない~を繰り返していると魔王に頭をどつかれた。

「神田、バカに構ってる暇はありませんから続けて下さい」

爽やかな笑顔と真っ白の真雪のような髪に似合わず、どす黒いオーラを出すアレンに流石の神田も狼狽えつつ、咳払いをして続けた。

「しかし、伝説ではその女を見て生きて帰れた奴は何でも望みが叶うらしい」

なるほど、それで凄く腑に落ちた。通りで今月被害者こんな出るわけだわ。
つまり4人目以降含め今月5人は怖さ半面、自分の欲に負けたってわけね。

んー、でも……うまい具合に男性ばかり犠牲になってるのね。
どうするか打ち合わせをしている神田とアレンは恐らく気づいていなかったけど、老女性も襲われている部分もあって切り出すのを辞めた。

後、これ以上話をぶった切ると今日から外で寝かすと言われたので普段の倍、良い子で二人の神妙な顔つきで繰り広げる会話を黙って聞いていた。

………
……


「あー、くっそ寝れない……」

現在の時刻……は、あいにく部屋に時計がないため分からないが体感的に2時くらい。
二人の会話がつまらな……面白すぎて思わず瞼を閉じたままうんうん聞いていると、この時間に目をあけた。
ええ、そうですよ!!つまらなすぎて寝落ちして、結果的によく寝ました。

ぼんやりと最後の二人の顔を思い出しながら、部屋を見回すと地図やら何やらを広げたまま机に突っ伏して寝ている。

「もぉ~、こんなに散らかしてぇ……男の子ねホント。――さて、エロ本ないのかしら?」
二人の年頃の息子を持つおかんの家宅捜索の真似をしつつ、アレンが寒そうにくしゃみをしたので
やさしさで落ちていたブランケットをかけてあげた。

「っぷくくっ……こうしてればだいぶ可愛いわ」

そう、一枚のブランケットをアレンだけにかけたのではなく神田とシェアするようにかけてあげた。
さて、明日起きるのが楽しみだぜ。二人の嫌そうな顔をニヤニヤして横でもう二人の関係は知ってるんだから、私の前で演技はやめていちゃついていいのよ☆と言ってやる。

マリア様のように慈悲深い私に感謝しな坊や達。(道中ネタにするぜ)

どう考えても地獄にいきそうな思想よりの少女はイタズラっぽい笑みを堪え切れずにこぼしつつ、眠気覚ましに深夜の散歩に繰り出した。


夜風にあたりながら静まった町中をぶらぶらと歩いていると、ふとあの都市伝説を思い出してしまう。

「何でも願い事が叶う……ね」

いつの間にか口角があがってニヤついていた事にハッと気づき表情を固める。
ああ、ダメだ私。昔からやってはいけないとか、入ってはいけない場所と聞くと
ついつい好奇心が膨れ上がって、行きたくなってしまう。

それに、心のどこかでそれだけじゃない願望も顔をのぞかせて、どんどん大きくなっていくのが分かった。

「ちょっとだけなら……ちょっとだけならいいよね?」

誰も見ていないというのに、何かやましい事があるからかゆっくりと忍び足で近づく。
遠目から湖を眺めるくらいなら……、次第に口角があがって息が弾んで、だんだんと足早になってくる少女。
少女はそれに気づかずに、どんどん湖に近づいていく。
その横顔はまるで恋人と逢引きするために期待に胸を躍らせて夜道をかけているように
頬を蒸気させて、瞳は楽しそうに細まり輝いていた。

「帰れるかも知れない!!」

だんだん気分が高揚としてくる。好奇心と期待からくるアドレナリンのせいだろうか。
森の小道を進んで、話で聞いていた通りの道なら……後もう少しで開けた場所と小さな湖が出てくるはず
という所で、私は思いっきり小石につまづいてしまった。

「いっだぁ!?」

顔から地面にダイブして、思いっきり顔をすりむいた。――くそ痛い。
しかし、そこでハッと我に返らされる。


私、ここ数日気丈に振る舞ってたし……マジで展開早すぎて
表面上では大西ライ○ンばりの心配ないさーを装ってたけど……。

「やっぱり、寂しいぜちくしょう」

弱音をこぼすと、どんどん弱気になってくる。
帰りたい、最初はそれだけだったのに……今はどうして私なんだよ?ちくしょうという
怒りも少しあった。これがトリップ夢のリアル版と仮定するとテンプレ通り神ってやつがいるかも知れない。
そいつがどんな期待か遊びか暇つぶしかは分からないけど、私みたいなプリティーガールを
いきなりバイオレンスな世界に送り込んだ罪はでかいよ?マジで。覚悟しとけよおら。
免許ないからチャリだけど、お前の後ろをずっと追い回して拉致ったるわ。

「帰る時か夢でも会えたら、一回3分の2殺しにして帰ろう絶対♪」

お母さん、お父さん。ここの世界にきて目標が出来ました。
夢で会えたら……の応用をこんな殺意満載で使えるのは私しかいないだろう。

脳内ボケ劇場でいつものようにボケたおかげか、少しだけ勇気がわいてきた。
すり傷をかばい、服についた砂を払いながらゆっくり立ち上がった。

「まだ願いが叶うと確定してないしね」

それに、少しだけ宿に残してきた二人に恩もあるし……そういうの出来れば清算して帰りたい。

しばらく私は、森をウロウロして今日の所は宿に戻ろうと決めた。

「ねぇ……アルマン………行かないで!!」

誰だろう。女性?――それも若い感じがする。
宿に帰宅した時に、睡魔の波がちょうどいい感じに訪れたので
私はまだ机に突っ伏したままのアレンと神田を横目に
一度大きな欠伸をした後、彼らのスペースの分の床まで陣取って眠りについた。


ふわふわと漂う夢心地の中で、誰かの声が入ってくる。
その声は若い女性の声で、何度も何度も恋人と思われる男性の名をしきりに呼んでいる。

その声は、悲痛に掠れ……時々嗚咽が混じる事から恐らく泣いている。

「アルマン……私を一人にしないで!!」


誰?――ごめんなさい。私はその人ではないんだけど。


何となく申し訳なくなって謝ると、次第にバァーっと頭に光景が、胸を切り裂くような
女の気持ちが否応なしに入ってきて、思わず息を飲んだ。

感情の波が心からあふれ出るほどの女性の気持ちが、私とリンクする。


悲しい。ひどい。行かないで。寂しい。どうして。分からない。


そうして、唇を出た自分の声に重なるように女のと思われる台詞が口からこぼれた。

「私を……もう愛してはいないの?」

自分の声にハッと我に返って焦るも、視線を落とした床板に
うつる大きな男性の影に気がつき、ゆっくりと確かめるように視線をあげる。

ちょうど逆光になっていて分からないが金髪で若い男が、手を伸ばす女を
憐れんでいるのか、見下ろしている。

「ごめんよ。――だが、僕はブリテンの王になるべき男なんだ!!」

そう言って去ろうと背を向けた男に、今度は私の意思で
待ってと叫びながら、頬を伝う涙の冷たさに気づきゆっくりと目を覚ました。 Page Top Page Top