私はなんにもない。そのことに気付いたのは物心ついてすぐだ。

誰もがうらやむような愛らしい容姿も……物わかりのいい頭脳も、繊細せんさいな手先の器用さもない。
親は人並みには可愛がってくれるけれど、世界は残酷だし私だって自分が
誰にでも愛される幸せな子だなんてウソがつけるほど鈍感にもなれなかった。

あ、でもそんな私にも一つだけ不思議な力が合ったんだっけ。
それが良いことか悪いことかで言えばSo Bad(チョー悪いん)だけどね。
帰ってくるまではそんなことも久しぶりすぎてすっかり忘れていたんだけど……。
久しぶりに入った旧友のような人からの連絡であの頃の……霊界探偵だった頃の感覚が蘇ってきた。

例えるなら花が香水などつけずに甘い香りを出すかのように
物心ついた頃から私は人ではない何かを引き寄せることが出来た。

それで死んだ人と会えるとか何かスピリチュアルな感じならさ
私だってそれを能力に生計も立てられたかもだけど……これが私一人だけ痛い目みるって感じの
It sucks(サイアク)な展開ばっかりの人生。……あ、別にそれならいつもと変わらないか。

今ならちょっとだけ肝もすわってこんな風に茶化して笑えるけど当時はホントに笑えなかったんだよなぁ。
訳が分からず脅える私に優しく教えてくれたのは私と同じような力を持って産まれてしまった少年。
そしてそれらを絶対的な悪であると私に教えてくれたヒーローの背中は遠い遥か昔の記憶。

当時の私は幼さもあってかとても怖くて、気味が悪かった。
そいつらは何かをしなくても薄ら笑いでまとわりつくこともあれば鋭い牙や爪で遅いかかることもあった。
私を殺したがる大勢のギラつく瞳、まとわりつくような悪魔の囁きが耳に残っている。

ここまで昔のことを思い出していてふと気がついた。
もうすぐ会わせたいと言われた人との面会場所が近づいていたことに。
緊張をとくように息をはいた。しかし思い出す過去の物語から唇の端が上がるのが分かり
まるではしたないと誰かにたしなめられるような居心地の悪さを感じて
思わずかみ殺すように険しい顔になおし、強く手を握った。
いつからか頭の中で警報がずっとなってる気がする。どこから転がり落ちたんだろう。

「コエンマにーに……本当に久しぶりだなぁ」

最後に出会った当時の姿と、忘れられない言葉を思い出して
少し懐かしさから笑みがこぼれた。

彼は最年少で霊界探偵のようなことを私にさせたことを
いつまでも……ほんとに最後の日本を発つ日まで後悔してたっけ。
大きな背中が揺れたと思えば、不意にすがった背中も消えてしまったけど
コエンマにーには最後まで私のことをずっと心配してくれた。

私があっちに発つ日まで、私のことを親の次に案じてくれた大切な存在。
そして、そんな彼が苦い顔で頭を下げてきたのだ。もう一度霊界探偵の補佐をしてくれないかと。
そんなにーにの頼みを私が断れるわけないじゃない。

そう答えた唇のウソの痺れるような甘さがまだ残って、私の頬を緩ませるからホントに滑稽。
ウソをつくなら最後まで上手くつけなきゃダメだなと得意の困り顔で自分に突っ込んだ。

コエンマにーには知らないでしょ?
私がこんなにみにくい劣等感にまみれた良い子のふりをした偽善者だってこと。
怖い?ウソをつけ、あなた時々スリルすら感じてたじゃない。

その鋭い牙や爪に明日、いや今日中でも殺されるかも知れないのにさ。

私の甘い香りに誘われた悪、私じゃないとダメな溢れる殺意に痺れては
夜ごとピーターパンごっこに夢想したくせに。
大人達が本気で心配してくれてるのに、こんな気分になるなんて薄情な子。
当時少しだけ心の中で舌を出すようなイケナイ気分といい子の方の自分が今でも罪悪感を感じてる。
まぁ大人になるのはウェンディだけだと思ってたとこは可愛げのある子供と言えるかもしれないけどね。

皮肉屋の自分が毒づきだすのを、表面上の良い子の自分がやや呆れながら心の中で見守って
今までの出来事や自分が感じてきた感情を整理するように息を整える。

少なくとも今になって思うのはアレが私のことを一時いっときでも特別な子にしてくれたってこと。
好奇心、猫をも殺すという言葉を聞いた。魂がいくつもある猫を殺すほどなんて
まだ皮肉にもちっぽけな人間でいる私なら本当に命がいくつあっても足りないなと
今さら自嘲気味な笑みすらもれそう。それでも当時小さな胸は怖さにも勝るほどの好奇心
――まだ知らない世界のほの暗い闇の側面に高鳴りが押さえられなかった。

そんな危ない橋を渡れば渡るほど幼心に自分が特別になっていく感覚に磨きはかかり
けれど乙女らしくちゃっかり頼もしい大人の背中にも守られて、ますます自分がヒーローになれた気がした。

だからこそ、こんな危険な気持ちにフタをして真面目に今度こそ人間らしく生きていこうと
苦しい顔で霊界探偵にさせてしまったことを何度も後悔するかのように頭を下げさせた彼の姿に誓ったんだ。
好奇心のせいで、周りまで巻き込んじゃダメ。あと、自分の命も危険にさらしちゃだめ。当たり前だけどね。

はじめて私がやったことはただ自分が気持ちいいだけの夢想だったんだと思い知った時は
それはそれは泣いたさ。思い描いていた英雄活劇(ヒーローショー)は一気に冷めて
さえない現実のイケてない私に引き戻されて、ああ……結局失うものしかなかった。

だからもう一度霊界探偵れいかいたんていにならないかと誘いがきたときは、また好奇心の火がくすぶるのを感じ
今度こそは失敗してはならない。ちりぢりになったヒーローの二の舞にはしてはいけないと
固く誓い、唇をそっと噛みしめて引き受けたんだ。

………
……

待ち合わせの場所にくると、先にきていた女性に挨拶した。
女性は私の存在に最初は気付いていなかったらしいが、しばらく顔を見た後に
ようやく気付いて驚きの声をあげた。

「驚いた!?ちゃんかい!?――大きくなったねぇ!!」

横に、とジェスチャーをつけながら茶化した私にいや可愛くなったよとフォローしてくれる女性。
それが本気で言ってると分かったので、少し照れくさくて頭をかいた。

「えへへ。アレからもう10年近くですからね……ぼたんさん・・

「[ぼたんさん・・・・・ってやけに他人行儀じゃないかい……昔みたいにさ」

そっか、他人行儀……そうだよな。昔は子どもだったしこんな呼び方じゃなかったもんね。

「いえ、もう子どもじゃないですし。これでいいんですよ」

それでもやっぱり全てあの頃のままは何となく気が引ける。
私もウェンディと同じように少しずつ大人になっていくんだから。いつまでも特別な子どものままじゃね。

「あの……コエンマ様・・・・・から会わせたい人がいると聞いたのですが……」

今度こそ失敗してはいけないと心の中で強く言い聞かせながら、二人の到着を私達は待った。 Page Top